2017年8月23日

夏の終わり

夏の終わり

 花壇のラベンダーが、いつの間にか花の時期を終えた。
我が家の夏のシンボルムクゲは、今が盛りで、もう蕾はあまりついていない。
雑草は、七月の頃より、勢いがなくなった気がする。
夏の終わりを目と鼻で実感している。

 先日から、夜になると、庭先から、鈴虫の鳴き声が聞こえるようになった。
実に心地よい。
夏の終わりを耳で実感している。

 「日が短くなったな~。」と、毎朝、実感する。
彼の出勤時間は午前4時50分頃。
外は、薄暗くて少し肌寒い。
ゆうきは、彼の車のテールランプを見送る。
夏の終わりを肌と心で実感している。

 この夏は、入道雲を見なかった。
この夏は、セミの鳴き声をほとんど耳にしなかった。

 あんまり夏らしくなかったな~

 なんだかさみしい気がする。

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2017年8月21日

あれから1年

 娘の網膜剥離の手術から1年が経った。

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 経過は良好だ。
娘の目はちゃんと見えている。
生活に支障は全くない。

 1年前の今頃を思う。
どれだけ衝撃を受けただろう。
どれだけ恐怖を味わっただろう。
あの頃を思えば、只今、日常で起こっている不安や苦労なのなんのことはない。
どれだけ祈っただろう。
ただただ祈った。寝食忘れて祈った。ひたすら祈った。
一番つらいのは娘本人であって、祈ることしかできない自身のことがじれったかった。

 手術が無事に終わった時はホッとして力が抜けた。
手術した方の目が快方に向かっていると知った時は、ホッとしすぎて、腰が抜けた。

 普通にテレビを見る事が出来る
普通に本を読む事が出来る。
普通に生活ができる
普通に見えることがどんなに幸せな事か、娘自身、よくわかったと思う。
1年前の体験を、今後の人生に生かしてほしいものだ。

娘の網膜剥離の手術から一年が経った。
 
 経過は良好だ。
娘の目はちゃんと見えている。
生活に支障は全くない。

 娘が網膜剥離の診断を受けてから回復に至るまでに携わってくださったすべての方々に、改めて感謝だ。

 

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2017年8月19日

お気に入りに追加

温かいのも好き

 冷たくして食べるそうめんはもちろん好きだが、温かくして食べるそうめんも同じくらい好きだ。

 先日は、温かくして頂いた。

 一度、茹でて冷たくしたそうめんを、再度、ひと煮立ちさせ、煮汁ごと器に盛り付け、鰹節とネギとお醤油で食べた。
思い付きである。
実にシンプルな食べ方である。
でも、美味しかった。
お気に入りに追加しておこう。
ちょうど、肌寒い日で、身も心もほんのりと温かくなった。
卵やとろろ昆布をプラスしてもいいかも。
彼や娘がいる時はそうしよう・・・・・・。

 冷たくしてよし温かくしてよし、和風でもよし、洋風でもよし、中華でもよし。
そうめんって、万能食材だと改めて思った。

 嬉しいことにそうめんは、春夏秋冬いつでも手に入る。
今度はどうしようかな~。

 

 

 

 

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2017年8月16日

雨降り

 雨が降るさまをただただ眺めるのが好き。
小学校に上がる前の頃から、アラフィフの今に至るまでずっと。嫌いだった期間はない。

 アスファルトに叩きつける雨、花壇や畑の土に沁みこむ雨、木々の葉に降り注ぐ雨。
それぞれに魅力を感じる
雨が降るさまを眺めていると、不思議と心落ち着く。
雨が降るさま眺めていると、色んなことが蘇る。
雨が降るさまを見ていると、想像が膨らむ。
心地よいと言えよう。
元々ぼんやりした性格なのに、雨の日はよりぼんやり度が増す。
時に周りの人から心配されるのだが、こればっかりはやめられそうにない。
というかやめるつもりがない。

 ここの所、連日、雨が降る。
まるで、それまでの渇水を取り戻すかのようだ。
幸いにも豪雨ではなく、適度な雨なのだが。
湿度が高いのはちょっと・・・・・・。

 庭に雑草が目立ってきた。
10日程前に大掛かりな草むしりをしたのに。
雨が上がったら、また草むしりしなきゃな~。
ただぼんやりしているわけではなく、ちゃんと考えているんだぞ・・・・・って声を大にして言いたい。

 雨が降るさまをただただ眺めるのが好き。
小学校に上がる前の頃から、アラフィフの今に至るまでずっと。嫌いだった期間はない。

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2017年8月14日

虹を見て思う

 今までいくつの虹を見たのだろう。
これから先いくつの虹を見るのだろう。

 円く弧を描く様な虹、直線の様な虹、ほんの一部分だけの虹・・・・・虹はどれもみんな愛おしい。

 虹を見つけると、その場で固まってしまう。
虹を見つけると、体全体がじんわりと熱くなる。
虹を見つけると、虹を見つけると、誰かに教えたくてたまらなくなる。

 虹を見つけるたびに思う。
あぁ~、このまま時間が止まってしまえばいいのにって。
虹を見つけるたびに思う。
あぁ~、絵心があったらどんなにいいかって。
虹を見つけるたびに思う。
この感動を全人類に伝えられるだけの文章力が欲しいって。

 先日の雨上がり、彼が、家と北東方向の空に虹を見つけた。
彼は、すぐにゆうきに知らせてくれた。
ゆうきはすぐに娘に知らせた・・・・・・・。
儚い瞬間を一家で共有できたことが喜ばしい。

今までいくつの虹を見たのだろう。
これから先いくつの虹を見るのだろう。

 円く弧を描く様な虹、直線の様な虹、ほんの一部分だけの虹・・・・・・虹はどれもみんな愛おしい。

 

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2017年8月12日

これはジュウロク

 実家の畑でインゲンが収穫された。
今年は、例年に比べ苗の成長が遅かった。
畑を丹精する父は、
「雨が降らないから、ちっともでかくならね~わ」
って、よく嘆いていた。
待ちに待った収穫と言えよう。

 実家のインゲンは実に個性的だ
長いのと短いのがある。
太いのと細いのがある。
アルファベットの”J”の形をしたものがあれば、”U”の形をしたものもある。
”I”の形をしたものもあることはあるが少ない・・・・・。
子供の頃、”C”の形をしたものを見つけて、40年近くが経過した今でも印象に残っている。
写真撮っておけばよかったな~とつくづく思う。

1つとして同じものはない。
みんなそれぞれにユニークだ。
上品さのかけらもないが、なんだか温かみを感じる。
これはこれでいいではないか。

 ところで、ゆうきの住む地域ではインゲンをインゲンとは呼ばない。
「ジュウロク」と呼ぶ。
物心ついたころから慣れ親しんできた呼び名が、実は方言であったと知ったのは、彼と婚約してからである。(インゲンをお店で購入したことがないため本当に知らなかった。)
以降、2つの呼び名を使い分けている。
市販のものが「インゲン」で、実家の畑で採れるものは「ジュウロク」と。

 スーパーの店頭に並ぶ形が整った面々は”インゲン”と呼ぶにふさわしい。
実家の畑で採れる長さも太さも形も違う個性的な面々は”ジュウロク”と呼ぶにふさわしい。
これで良し!



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2017年8月 9日

台風一過

 台風5号による雨は、一昨日、昼前に降り始めた。
いきなり降り始めた。
横殴りの雨だった。
ちょうど、外出中だったゆうき夫婦は、建物から車に戻るまでの間に、かなり濡れた。
雨に濡れるのって、何年振りだろう・・・・・・・。
水も滴るなんとやら・・・・・?
彼と顔を見合わせて笑った。
冷たかった。
でも、不快には感じなかった。

 久しぶりのまとまった雨だった。
地面が潤った。街路樹の家々の屋根の埃っぽさが無くなった。
庭の草花が、木々が、目に見えて生き生きした。
「これで当分、枯れる心配はない。」
彼はホッとした表情を浮かべる。雨は彼の心も潤してくれた模様。

 ところで、我が地域から数十キロ離れた場所では、雨による被害が出た。
線路が浸水したり土砂崩れがあったり。
娘の母校がある地なので胸が痛む。

 雨は適度がいい・・・・・心から思う。
 


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2017年8月 7日

ムクゲが咲いた

 ムクゲが咲いた。
今年の第一発見者は、今年もと言うべきか、彼である。
ムクゲを植えて早5年。
今年こそは、ゆうきが最初に発見するぞと意気込むものの、毎年、彼に先を越されている。
彼は本当に目ざとい。庭に植わっているすべての木々、すべての草花のちょっとの変化を見逃さない。
そう言えば、単身赴任していた期間も、ずっと気にかけていたっけ。自宅に戻ると、まず最初に庭めぐりをしていた。
彼が、ガーデニングにかける情熱は、半端ない。ガーデニングは彼の趣味というより生きがいなのだろう。

 ムクゲは、数ある木々の中でも古株だ。
玄関を出てすぐの所に植わっていて、 訪れる人、通りすがりの人の目に必ず入る。
背丈は、彼の身長を優に超えていて、幹がずっしりとしている
かなりの存在感だ・・・・・・我が家の象徴と言っても過言ではないだろう。

 ムクゲが咲いた。
今年も大量に咲きそうだ。
訪れる人、通りすがりの人の、癒しになってくれたらうれしい。

 

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2017年8月 5日

アレンジを考え中

 冷たい麺が美味しい季節。
冷やし中華、そうめん、盛りそばetc.・・・・・・いろいろあるけれど、一番食べる頻度が高いのが、そうめんであろう。
暑くて食欲がなくてもそうめんならば食べられる。疲れていて食事の準備が億劫な時も、そうめんならばなんとか準備できる。
この夏、もう何回食べただろう。あと何回食べるのだろう。
そうめんは、安くて美味しくて、しかもあまり手間がかからない。有難たや、有難たや。

 ところで、ゆうきのそうめんの食べ方は変わっているらしい。
麺つゆは使わない。ポン酢とすりごま、少々のワサビで頂く。
冷やし中華風に、キュウリやゆで玉子、ハムをプラスするようにしている。
母から伝授された食べ方で、十代前半からこの食べ方だ。
ポン酢の酸っぱさとすりごまのコラボがたまらない。
いくらでも食べられちゃうから、食べすぎないように気をつけている。

 インターネットで、そうめんと検索すると、実に様々な食べ方が検索される。
どうやら、ゆうきだけが変わっているわけではなさそう・・・・・。
中には、体に良さそうなな食べ方がある。それこそ、目からうろこな食べ方もある。
まあ、それだけアレンジが利くということなのだろう。
あまり意固地にならず、ほかの食べ方も試してみよう・・・・・。
簡単に美味しく且つ体に良い食べ方をしたいものだ。

 ただいま、冷蔵庫に残りもののそうめんがある。
とりあえず、これをアレンジしてみようかな~。

 

 

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2017年8月 2日

ふたつの故郷

 ゆうきにはふたつの故郷がある。
自分自身が生まれ育った地と彼が生まれ育った地だ。
それぞれの風景がある。それぞれの人間模様がある。それぞれの良さがある。
どちらも大好きである。

 ゆうきが生まれ育った地が山間部ならば、彼の生まれ育った地は”里”と言えよう。
真っ平らな地に一面の田園風景が広がる。
右を見ても田んぼ、左を見ても田んぼ。
田んぼ田んぼ田んぼ、田んぼだらけだ。
静かだ。のどかだ。平和だ・・・・・・。
彼の実家がある地に行くと、時間の流れがゆっくりに感じる。

 先日、彼の実家に宿泊した。
カエルの大合唱を子守歌に眠りに付いた。
これこそが、彼の故郷の醍醐味
安らぎを、思う存分、味わった。

 ゆうきにはふたつの故郷がある。
自分自身が生まれ育った地と彼が生まれ育った地だ。
それぞれの風景がある。それぞれの人間模様がある。それぞれの良さがある。
どちらも大好きである。


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