« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月

2008年12月30日

来年は。

今年も、あと一日。あっというまだったような、でも長かったようなその時の気分によってコロコロ変ってしまう。あ~あ、あの時あんな風な言い方をすべきではなかったな、あの時もっとこうしていれば・・・・・・・等々反省点もたくさん。でもごくわずかではあるが、頑張れて良かったなと思える日々もある。先日のブログでも記したようにパソコンの資格試験に、一度失敗している。それからは、もう本当に死に物狂い、必死、一生懸命、いくつ言葉を並べても足りないくらいPCとテキストにかじりついて勉強した。大人になってからあれだけ一つの事に打ち込めたのは、初めてだ。本当に不思議に感じるのだが、喜びを得たあの瞬間よりもただひたむきに黙々と暗いトンネルを歩いていたような頃のほうが大事に思える。人生ってこんなものなのかな。どんなに苦しくても、挫折を繰り返しても、何らかの目標を持ち努力を積み重ねる。あの日、あの時、あの瞬間があったからこそ今の私がいて、ゆうきが生まれて(?)かけがえのない方々と出会えた。来年も、いや、これからも、後で振り返った時に、抱きしめたくなるような日を過ごして行きたい。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2008年12月28日

海まで

家族3人でちょっと遠出をして海を見てきた。この季節、この年末に、誰もいないのかなと思っていたけれど私たちと同じような人達がちらほら。風が少し強く、寒かったが海面は意外なほど穏やかで明るい太陽の日差しを受け虹色に輝いていた。内陸の県に生まれ育ったためか海には憧れを感じる。夕焼けに染まる海にも、曇った日の鉛色の海にも、テレビの映像でしか見たことがないが星降る海にも。私事ではあるが、今年の九月にパソコンの資格試験に失敗して、どうしようもない挫折感を味わった。そんな時、夫が今日と同じ海に連れて行ってくれた。引いては打ち寄せる波を静かに見つめているうちに、徐々に自分を取り戻した。その後、再挑戦して今度は、見事に合格を勝ち取った。今回とは違うが似たようなエピソードをいくつも持っている。海は私の原点であり目標でもある。海を目指す川に例えるならば、私は誰もその存在に気付かない小川にすぎない。それでも、やっぱり流れ続けたい。来年はどんな海を目指そうかな。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2008年12月26日

宝物

元タレントの女性が自宅マンションで遺体となって発見されるというニュースが飛び込んできた。寝耳に水とはまさにこの事だ。私は特に彼女のファンであったわけではない。むしろ価値観の相違からか、所詮、ブラウン管の向こう側の人とぐらいにしか考えたことがなかった。しかし、TVのインタビューに答える彼女の父親の悲痛なまでの心の声を聞いてすごく悲しくなった。子を失った親の叫びは、国も年齢も身分も関係ない。全ての人々に共通している。「この子が生き返るのであれば、私は死んでもいい!」。何故、彼女の耳にはこの声が届かなかったのであろうか。どうして、もっと自分をご両親を大切にできなかったのであろうか。彼女のご両親はどうして娘のSOSをキャッチできなかったのであろうか。失ってしまってからでは余りにも遅すぎるではないか。私はいつも夫と、娘について話し合う。そして、娘にはいつも言って聞かせる。「パパとママはお前を愛している。かけがえのない宝物だ。例え、どんな状況に置かれたとしても、私達はずっとお前の味方だから。」。全てを失くしてから気づくのでは余りにも哀しすぎるから・・・・・・・・。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2008年12月23日

メリークリスマス

サンタクロースがいたらいいなという密かな願望がある私。もしも自分がサンタクロースだったらと考える時がある。私が贈りたいのは絆。不意打ちのリストラに呆然としているあの人には、守るべき人がいる幸せを、世の中決して冷たい目ばかりではないことに気づいてほしい。希望との絆。夢を諦めかけているあの人には、つらい汗を流し、悔し涙を噛み締めている今この時が、後に自分の人生を振り返った時に輝いて見えるかもよ。未来との絆。ひどい裏切りにあって、もう誰も信じることができないというあの人には、傷つくほど人を信じることができたなんて素晴らしいことだよ。自信を持ってほしい。自身との絆。恋人との、夫婦との関係を継続させることに疑問を感じているあの人には、出会った頃を思い出して相手の人に心からのラヴレターを出してみてほしい。愛の絆。親との確執、介護で苦しんでいるあの人には、自分が今、ここに存在している理由を考えてほしい。由来という名の絆。子供の将来を心配しているあの人には初めて我が子が自分のお腹に宿っていると知った時を、生まれたばかりの命を手にした瞬間をよみがえらせてほしい。絶対に切れることのない血の絆。暗い部屋の片隅で膝を抱えているあの人に、北風吹く街角で必死に呼び込みチラシを配るあの人に、この世の生あるもの全てに、web上で出会えたあなたに、Merry、Merry、happy、Christmas.

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2008年12月21日

元気になれる歌

今日、TVを見ていて感じた。音楽って不思議だなって。ほんのちょっとのきっかけで好きになったり嫌いになったり。一曲に去来する想いも様々で十人十色いや百人百色といっても過言ではないほどで。そんな中に私には忘れられない曲がある。ZARDの”負けないで”。夫が私にプロポーズした時にかかっていた。某有名な観光地での車中にて。当時、私は親の決めた結婚を断りきれずにすごく悩んでいた。(いったい、いつの時代に生きているの?という声が聞こえてきそう。)そんな私に「俺がゆうきを一生、守っていく。ゆうきの両親にも挨拶にいくから。」って言ってくれた。全身の水分が温かい涙に変ってしまうのではと思う位、嬉しかった。あれから十数年、たくさんの苦難の日々を乗越え現在に至る。今でも、ここ一番という時や挫けそうな時、この曲を頭の中でリピートさせる。とここまで書いた記事を読み返してちょっと恥ずかしくなった。音楽は過去の苦い経験や思いをも浄化させる作用があるのかな?

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2008年12月17日

伝えられなかったありがとう。

 朝から降っていた雨が上がった今、時計の針の音がやけに大きく聞こえる。こんな時は静かに自分を振り返りたくなる。笑っている私、泣いている私、怒っている私、思い悩んでいる私、頑張っている私、色々な自分がそこにはいる。そんな中に思わず罵倒してしまいたくなる自分がいる。どうしてあの日、あの時素直になれなかったのであろう。心を開けなかったのであろう。勝手に傷つき、涙を流し、心を閉ざした。あの時の言葉がなければ今の私はいなかったかもしれないのに。あの瞬間の私は傷つけられたという気持ちばかりを優先していた。有難う、ありがとう、アリガトウ、有り難う、様々なものがあるけれど私が好きなのはありがとう。言いたいな、言えるかな、”ありがとう”。感謝の心とでも許せないという心が格闘している。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2008年12月14日

 「なにもあんな危ない橋を渡ることはないのに!」って言葉を耳にすることがある。目の前にあるふたつの橋。ひとつは、頑丈であらゆる災害や事故があろうと壊れそうもない橋。行き先もはっきり見えている。もうひとつは、ぐらぐらしていて少しの風でもゆれてしまう今にも壊れそうな橋。そから先は霞んでいて見えない。何が待っているのか誰も語ろうとしない。もし取捨選択を迫られたならば人はどうするのであろう。どちらかを選ばなければそこから先には進めない。この場合4種類の選択肢が発祥すると私は考える。一番目の人々は迷うことなく頑丈な橋を選ぶ。冒頭の台詞をはくのはこの人達であろう。二番目の人々は壊れそうな橋に憧れながらも頑丈な橋を選ぶ人達。今、持っている物を失うわけにはいけないから。もし橋から落ちたら大変だから。と自分に言い訳しながら・・・・・・・・。世の中の大多数の人達がこれに属する。三番目の人々は迷うことなく壊れそうな橋を選ぶ。迷わないことだけ一番目の人達と同じである。彼等は誰が止めようとも、どんなに体がボロボロでも、たとえ橋から落ちる人を目の当たりにしても前進する。後に世に知れ渡るほどの有名人はこの橋を渡るのに成功した人達なんだろうなと私は思う。例えば画家であったり作家であったり発明家であったり音楽家であったり一代で大会社を築き上げた社長も含まれるのかもしれない。いずれにしても極めて少数派の人である。そして最後は四番目の人々、二つの橋を目の前にして選ぶことに躊躇してしまう臆病者。私は、今の私は間違いなく四番目の人。もう後には引き帰せないのに、二の足を踏んでいる場合ではないのに足がすくんでどうしようもない。「どうするんだ?ゆうき!」の声が今日も私の耳に木霊する。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2008年12月10日

夢で逢えたなら。

 つい先日、夫とふたりだけの時、どういうきっかけからか互いの初恋の話になった。夫のエピソードに微笑み、また私の方の話も聞いてもらいすごく穏やかな時間を過ごせた。ちちなみに私の初恋は中学生の時である。(かなりのおくてかな?) 同じ空間にいる時、私の瞳はいつも彼を追いかけていて、私自身もほんの一瞬でもいいから彼の視界に入れたらなと思っていた。少しでも会話ができた時はもうこれ以上の幸せはないと言わんばかりにうれしくて舞い上がっていた。当時、夢中になっていた少女漫画の影響もあってか「私はあの人のことを一生愛し続ける。たとえ失恋しても・・・・。」なんて言って友人達の失笑をかっていたっけ。結局、彼には、想いを伝えることなくまた、進路も違ったため中学校卒業後は一度も会うことなく現在に至っている。今でも、3~4年に一回位の割合で夢であの時代にタイムスリップする。彼の年齢、容姿は当時のまま、私だけが年を重ねているという不思議な設定で・・・・。そんな夢を見た朝はほんの数分ではあるけれどほろ苦い想いに浸る。街中にクリスマスイルミネーションが光り輝くこの季節、彼は何処で誰とどんな気持ちで過ごしているのだろう。会いたいという気持ちはない。でも、どうか、どうか幸せでいてほしい。あの時の恋心も純粋さも淡雪のごとく消えてしまったけれど思い出に名を変えて私の心に生き続けている。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年12月 6日

新しい自分

 家族と出かけたドライブ。ちょっと休憩にと止めた林道の脇道でで私は不思議な物を発見した。木の枝と枝の間に張り巡らされた蜘蛛の巣である。おそらく好きな人はいないであろう蜘蛛の巣。この日は優しい木漏れ日に照らされて虹色に輝きとても美しく見えた。自然というものは決して人間のためにだけにあるのではなく、虫たちやその他多くの動物たちのためにあるのだということを実感させれた瞬間であった。同時に思った。ずっと苦手だと思っていた人間関係や挑戦しようととして挫折した資格試験も、今までとは、違った光をあててみることでまた、見る角度を変えてみることで、努力の方法を考えてみることで新しい道が開けてくるかもしれないと。経験もひとつの出会いだと常日頃から想っている私。無駄にはしたくないな。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »