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2009年1月15日

おばあちゃん

正月が明けたこの時期になると思い出すことがある。繭玉作り。この行事は地域よって、或いは各家々によってならわし等は様々だ。自分の生まれた家が果たしてどういうものだったのか、残念だがあまりよく覚えていない。 何歳の時だったのだろうか、繭玉を今は亡き祖母と私の二人だけで作った年があった。繭玉作りを任された喜びよりも大好きな祖母を独占できる嬉しさの方が大きかった。小さな手でお米の粉で作ったお団子を丸めながら、私は祖母に聞いた。「おばあちゃん、小正月が近くなると繭玉を作るのはどうして?」祖母はしっかりと私の目を見て答えてくれた。「ゆうきちゃんが、今年一年、元気で暮らせますようにってお団子にお祈りするんだよ。」 繭玉の伝統はおろか作り方さえも記憶があいまいなのに、あの日の祖母の皺くちゃの笑顔と優しい声、一緒に過ごせた心地よさは、今でも鮮明だ。もしかしたら、祖母は、恒例の行事である繭玉作りが自分の代で途絶えてしまうことを知っていたのかも知れない。だからこそ、あの時の繭玉に私の一生分の幸せを込めてくれたのだろうと今ならわかる。”おばあちゃん、ゆうきは、結婚して子供も生まれて元気にしているよ。ネットというおばあちゃんが全然知らない世界にもお友達が出来たよ。おばちゃん、あばあちゃん、ありがとう。見ていてくれるかな?私の声、聞こえるかな?”

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

あたしもおばあちゃんっ子でした(笑)きっと見ててくれますよ。

投稿: みーちゃん | 2009年1月16日 09時51分

こんにちは(^^)

おばあさんと一緒に繭玉作り
楽しそうに作ってたのでしょうね。
おばあさんも嬉しかったのに違いありません。
今、手作りの繭玉を見なくなりましたね。

私も母からはもちろんのこと
祖母からも、いろんなことを教わりました。
今でもそれは役立てています。

投稿: うにゃ | 2009年1月16日 15時23分

私も、私も婆ちゃんっ子だったよん。
お母ちゃんが、朝から晩まで働いていたから、必然的にそうなったんだけど・・。

今、次男坊の顔がお婆ちゃんに似てきて、なぜか嬉しい私です。

投稿: やよ | 2009年1月16日 19時51分

こんばんは~!

私が生まれた時は父方の
おばあちゃんしかいなかったけど
とても優しかったな~。

夏に帰省する度にうれしそうに
迎えてくれた笑顔を思い出します。

でも今度は自分がおばあちゃんに
なるんだもんね。

とっても不思議だけどどっか孫の
記憶に残るようなおばあちゃんに
なりたいな~

その前に息子の結婚が先やって!(笑

投稿: patapataokan | 2009年1月16日 21時33分

みーちゃんさま

当時、5人いた孫の中で一番のおばあちゃんっ子でした。みーちゃんのおばあちゃんもみーちゃんのことが大好きだったんだね。

投稿: ゆうき | 2009年1月16日 22時38分

うにゃさま

繭玉は見られなくなってしまったけれど、あの時の祖母の気持ちを次世代に伝えていきたいです。それが一番の恩返しですから。

投稿: ゆうき | 2009年1月16日 22時49分

やよさま

亡くなった人の思いは生きている人の心の中に生きる言いますよね。やよさんのおばあさまも、お母様の中にやよさんの中にそして、お子様たちの中にも生きているんですよね。私はそう思います。

投稿: ゆうき | 2009年1月16日 23時07分

okanさま

私の中に生きている祖母もいつも笑顔です。

私もいつかはおばあちゃんになる日が来るのかな?今の娘を見ているとなれるのかどうかも心配です(笑

投稿: ゆうき | 2009年1月16日 23時12分

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