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2009年2月

2009年2月28日

Ca30w4iy 三日前の暖かさが嘘だったかのように小雪が舞っている。街行く人達は皆、背を丸める様に歩いている。芽吹き始めた木々や草花は、黙って寒さに耐えていた。そんな中、大手進学塾に向かう中学生たちを見かけた。自分の体を自分で温めるかのような姿勢で建物の中に吸い込まれていった。私が住む県では、3月5日が公立高校の入学試験。子を持つ親として願わずにはいられない。どうか、自分の持っている力を全部、出し切って欲しい。頑張っている人に頑張れというのは残酷だということはわかっている。でも、言わずにはいられない。「みんな、頑張って!」今が苦しければ苦しいほど目標を達成できた時の感動は大きいから。それは、これから生きていく上で絶対に糧となるから。積もることはないと思っていた雪がいつの間にか周囲の山々を白く染めていた。あの雪が全て溶けてピンクに色が変る頃には、きっと笑顔の高校生にに再開できる。私は、そう信じている。

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2009年2月25日

小さな春

Caq2612t 夫が休日だった今日、自宅から車で15分ほどの公園を散策した。そこは、小高い山になっていて山頂付近の駐車場からは、生活の場である市街地を見渡すことが出来る。数百本ものソメイヨシノが植えられていて、四月には花見客で賑わう。今はまだ硬い蕾を付けた桜並木の向こうに広がる景色を満喫して、ふと、足元を見るとクローバーが。空の方をしっかり見つめ春を目指してしっかりと生きていた。けなげな姿に胸がキュンとして、小さな春の香りが心いっぱいに広がった。帰ろうと車に戻りかけた私達の目の前を今度は黄色い喋々が。「あなたが知らない春って、まだまだたくさんあるのよ。」と言いたげにヒラヒラと舞っていった。ブログを始めて3ヵ月、不思議なことだが、私は前よりもずっと外の世界に目も向けるようになった。私が知らない形の春。街のどこかに生活の中に人々の気持ちの中にもたくさんあるのかもしれない。心の目で探していきたいな。

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2009年2月24日

霧の中で

今日、私が住む街は深い霧に包まれていた。家の前の自動車整備工場も近くの公園の桜並木もミルク色に覆われた。「ふぅー。」と溜息をついた私の横で娘が言った。「天国ってこんな感じなのかな?よく、亡くなった人は空から見ているって言うじゃない。」発想が瑞々しくて、純粋で言葉を失ってしまった。天国がどう場所かもおそらくわかっていないだろう娘。夫の帰りを心配するあまりイライラしていた私を気遣って出た言葉だった。「そうだね。」って微笑み返すことしか出来なかったけれど本当に、本当に感謝している。ありがとう、ありがとう、あなたの存在がどれだけ私の支えになっているか、改めて思い知らされた。娘よ、あなたは私の中で永遠の師匠であり詩人でもある。

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2009年2月21日

合唱

私の地元の中学校では合唱がとても盛んだ。30年近くも昔から、毎年、クラス単位と学年単位でレコーディングが行われCD(私たちの時代は、まだLP盤のレコードだった。)となり、卒業の際に学校から贈られる。レコーディングの前には、まさしく、血の滲むような努力がある。25年前、私はその場所にいた。毎朝、自宅から3㎞ある中学校まで走って登校し、授業前の数十分合唱練習を行う。自他共に認めるほど協調性がない私にとっては、スポ根アニメも真っ青なほどの試練の日々だった。仲間割れやサボる子がいたりと問題が起こることもたびたびで、”こんなことをして何の意味があるの?”と自分自身や周りの人達にいつも無言で問いかけていた。それでも、やめる生徒は一人もいなかった。私も言葉には疑問を抱きつつも練習をやめることはできなかった。ただ、ただ、前だけを見つめて必死だった。そんな中、迎えた本番当日。その日の天気まで覚えている。晴れていた。市民文化ホールに集合してレコーディングは始まった。あの時の緊張感は、やがてこの世を去る日まで忘れないだろう。針を一本落としただけでも辺りに響き渡ってしまうのでは思うほどの静寂も。そうして、出来上がったレコード。生まれて初めて自分の声が入ったレコードを手にした歓びよりも、四百五十数名、共通の感動を抱けたことが何よりも嬉しかった。手に手を取り合って、鼻水が垂れるの気にせずに泣いたっけ。今、私の娘が、あの時の私と同じ空間に身をおいている。「こんなことをして、何の意味があるの?」的な態度をとる娘に私はあえて何もいわない。何故なら彼女は、彼女自身の心で気付いて欲しいから。数百人もの人間が一同に会して一つの感動を作り上げていくなどという経験は大人になってからではなかなか出来ることではないのだから。

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2009年2月18日

写真

私の友人にカメラを趣味にしている人がいる。70歳を超える男性の方だが、いつもデジカメや携帯カメラを持ち歩いていて、自分が撮った作品を、メールや写真に変えてプレゼントしてくれる。車の免許を持たない彼は、十数kmの道のりを自分の足で何時間も掛けて歩く。同じ、風景を写すにもベストショットでベストな瞬間をとらえる。人間など感情がある被写体の場合、その人が一番いい表情をした瞬間を絶対に見逃さない。その情熱には驚きばかりが尊敬の念すら抱いてしまう。数日前にも彼から、写メールを頂いた。湖の向こうに見える山の山頂から登る朝日の写真。感激のあまり、しばらくの間、言葉が出てこなかった。見慣れたはずの風景が宝石よりも貴重なものに変った。

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2009年2月16日

流れ星

流れ星を見た。家族3人車の中で。ほんの、一瞬のことで写真に納めるどころか願い事を唱える暇さえなかった。こんな風に書くと、さっきあったばかりのことのようだが、10年近くも過去、娘がまだ幼い頃のことだ。流れ星はあの日の前にもその後も見る機会はあったのに、どうしてだろうあの流れ星が忘れられない。星が降る夜ではなかった。空には十数個の星が瞬いていただけ。その日がどんな一日だったのか覚えてはいない。ただ、心が疲れていたことは覚えている。「あっ、流れ星だよ。見た?」 「見た、見た、願い事できた?」 「ううん、出来なかったぁ。」と夫と交わしたささやかな会話と、ほんの少しだが笑顔を取り戻せた私の事も。人間の記憶って不思議だな。瞬きさえも出来ないほど瞬間のことが鮮明だったり、逆にきっと長いであったはずの日の事があいまいだったり。あの日の流れ星をどうして、今日、思い出したのかもわからない。

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2009年2月14日

バレンタインデー

今日は、バレンタインデー。愛を伝える日。愛って何も男女の恋愛関係ばかりじゃないと思う。親子愛だったり、長年連れ添った夫婦の熟年愛だったり、友情愛であったり、師弟愛であったり・・・・・・・・・・・・。伝える方法も様々。私は”ありがとう”の気持ちを込めたい。

主人へ 15年前の今日、チョコを受け取ってくれた時の嬉しそうな笑顔、つないだ手と手のぬくもり今でも宝物だよ。

娘へ 私の娘でいてくれてありがとう! あなたの存在そのものが、私の生きている証しです。

パソコンを教えてくれた方へ 物覚えが悪い私に付き合ってくれてありがとうございます。厳しさも一つの愛の形なのだとあなたに教わりました。

Web上で出会えたあなたへ 数十年前は考えられなかった世界ですよね。本当の名前どころかお顔さえも知らないけれど、だからこそ伝えられる真実があると思っています。これからもよろしくお願いします。

この広い地球上で出会えた全ての人へ  ありがとう!ありがとう!ありがとう!happy happy Valentine

    

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2009年2月11日

ごめんなさい。

夫と娘の休日が重なった今日、家族でドライブをした。海を見たり、買い物をしたり、楽しい時間を過ごした。その帰り道でのこと。長く続いた林が途切れ、駐車場になっていて辺りの景色が見渡せる場所まで来た。少し外の空気を吸って一休みしようということになり、車を止めた。そこは、原生林の向こう側に某有名な湖を望むことができる絶景地点だ。晴れた日の休日には多くのカメラマニアが訪れる。私も早速、写真でもとカメラを構えた。ふと、カサカサという音に驚いて、足元に目を向けた。そこには、花束とペットボトルのお茶が供えてあった。ハッとして慌てて車に戻った。震える手で家族三人、ただ、ただ合掌した。そこで、いったい何が起こったのは、わからなかったが、見知らぬ誰かのもの凄く悲しい気持ちが伝わってきた。お花はすでに枯れていて、ビニールの包み紙が冷たい風に揺れていた。命を絶たれた方の思い、花束を供えたその方をを愛する人の無念さを考えるとどうにも出来ないやるせなさが去来した。その方は、人生最後の景色に何を感じたのであろうか。ごめんなさい、ごめんなさい。眠りを妨げて・・・・・・・・。車が走り出してすぐに私は、そこの場所で撮った写真を全て消去した。

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2009年2月 9日

忘れられない言葉。

受験シーズン真っ只中のこの時期、思い出す言葉がある中学校の時、担任だった先生がくれた言葉だ。当時の私は、地味で暗くて、全ての事に自信がもてずに、いつもモヤモヤした感情を抱いていた。自分に向けられた視線がみんな否定的に思えて、いつも俯いてばかりいた。そんな私に「ゆうきは強い。頑張っているのがよく伝わってくる。大丈夫だ。先生、ずっと見てきたから。」って言ってくれた。嬉しかったな。見ていてくれたんだ、わかってくれたんだ、思春期の心にすごく響いた。その後、私は、無事に高校受験を乗り切ることができた。受験の時の緊張感よりも合格した時の喜びよりも、あの時の言葉が胸に深く刻まれている。今年もやってきた受験の季節。先生は、たくさんの未来を送り出すために今も奮闘しているのかな。

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2009年2月 7日

車窓より、こんばんは。

Cayzatks 買い物に行く途中で車窓から見た月。まだまだ、外に出ると手が悴む程の寒さだが、その分、空気が澄んでいてとても綺麗だ。地球に一番近い天体とあって、私の月に対する思いはかなり深い。一日の終わりに月に会うと、心が安らぐ。月には色々な表情がある。月という漢字に由来する三日月や、他の星をいや、地球さえも圧倒してしまいそうなほどの大きさの満月や、菜の花が咲く頃の朧月や、今日のように遠く離れて光る月など・・・・・・・。幼い頃、月には人が住んでいると本気で信じていた。月でウサギさんがお餅をついているというお話も。かぐや姫を初めて読んだ時はボロボロ泣いた。かぐや姫は、日本に伝わる物語の中で最も古いとされている。このお話を書いた人は、いったいどういう人だったのだろう。世の移り変わりをどう感じるのであろう。環境破壊が進んでしまったこの星を、愚かな戦争ばかり繰り返す自分の子孫をみてどう思うのであろう。夜の色が濃くなり、より輝きを増した月を眺めながら、私は願う。月ではウサギさんがお餅をついていると言った人や、かぐや姫のお話を考えた人が悲しむ世界にはなりませんように・・・・・・・・。

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2009年2月 4日

スイトピー

Suitoh2_2 今日、スーパーでスイトピーを見かけた。よく注意していなければ見落としてしまいそうなほどの片隅で。「私に気付いて。」と言う風に微笑んでいた。すごく繊細そうな花なのに人を魅了する不思議な存在感がある。スイトピーの花言葉は”門出”、優しい思い出。花言葉がどのように生まれるのか知らないが、スイトピーの花言葉を考えた人は、きっと心優しい人なんだろうな。愛する人の幸せを願ってつけられた言葉。そんな気がする。もしかしたら、その言葉は未来にも向けられていたのかもしれない。この花を束にして色々な人に贈りたい。リストラにあって再就職先を探しているあの人や、ねじり鉢巻をして受験勉強をしているあの子や、人には打ち明けられない葛藤と戦っているあの方にも。立春の今日とても穏やかな気持ちになれた。可憐でとても素敵なあなたに会えたから。

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2009年2月 2日

頑張る人

さっき、娘を塾に送っていく途中でいつもの少年に会った。同じ時間帯に同じ場所で。この寒空の下、ジャージ一枚で一人黙々と走っていた。しっかり前を見据えてただひたむきに。吐く息を白くしながら。彼のような人を私は尊敬する。確かな目標を持っているから。人々が羨む栄光はこういう姿から生まれるのかなと思う。そうであって欲しい。自分の弱さを言い訳に逃げ回ってばかりいる人が多い中、ひたすら汗や悔し涙を積み重ねる毎日を送る。もしも、彼を笑う人がいたならば、その人は、無責任な中傷をものともしない彼の強い精神力が怖いのかもしれない。彼の目指しているものが果たして何であるのか私は知らない。だからこそ、再開したい。自分自身の汗を嬉し涙に変えた彼の姿に。彼にとっては見知らぬ行きずりのオバサンが今宵も彼にエールを送る。フレー、フレー未来の英雄

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