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2009年3月

2009年3月30日

かわいいツーショット

Cayz7if8_2 以前、住んでいたアパートの近くにある公園に行って来た。新婚の頃、何の目的もなく、ただ、二人でブラブラした場所である。訪れたのは、実に十数年ぶりのこと。噴水も花壇もベンチの場所もあの頃と変わりがなくて、降り注ぐ春の日差しが優しくて、懐かしさで胸がいっぱいになった。ちょっとセンチメンタルに浸っていると目の前に可愛らしいカップルが。番いなのかな?常に相手を気に掛けながら行動していた。”ウスユキバト”というのだと夫が教えてくれた。一心な姿にちょっと感動。ソ~ッとカメラを近づけた。小さな小さな命に地球上に生を受けたものが本来あるべき姿を見た。懐かしい場所が大切な場所へと変った瞬間だった。

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2009年3月28日

今日は

予定日よりも三週間も早い破水に驚き飛び起きた。高まる動悸、どうしたらいいのかわからずにオロオロする夫。今まで生きてきた中で一番熱く長い一日はこうして幕を開けた。

予め用意しておいた入院グッツを持って産院へ。これから始まる激動を予感してか体が震えて止まらなかった。産院に着くとすぐに陣痛室に。その日が仕事だった夫は一連の手続き等を済ませて職場へ。

一人残され不安の中、徐々に陣痛の感覚は狭まっていった。かつて経験したことのない痛みに枕カバーを噛み締め体を海老のように丸めた。母親学級で習ったはずの呼吸法や陣痛を和らげる体制など記憶から消えていた。苦しくて、痛くて、体が熱くて、ただ耐えるだけの時間がとても、とても長く感じた。”母は強し”の語源をこのとき初めて実感した。気力も体力も限界に近づき意識が遠のいてきた頃、ようやく分娩室へ。

残された力を振り絞って深呼吸といきみを繰り返すこと十数分。私の耳に響いたオギャーという産声。あふれ出す興奮を抑えることが出来なかった。涙や鼻水を止めることも。3月28日午後4時58分。私はこの世に新たなる命を誕生させた。

あれから13年。もうすぐママの背丈を追い越すね。夢に向かって努力を惜しまないあなたの姿は眩しすぎるくらいです。何に対しても優柔不断な私だけれど、いつどんな時もどんな状況に置いてもあなたを信じ愛しぬく自信だけはある。振り向けばいつでもパパとママがいる。そのことを忘れないで。13年前の今日、パパとママを選んでくれてありがとう。happy birthday

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2009年3月25日

今年、初めての

夜桜を見た。家の前に広がる空き地で枯れ木に囲まれている小さな木。フェンスの向こう側で咲き誇っていた。これまでその木が桜であることを知らなかった。そこに存在していることすら気づかなかったのかも知れない。さっき、家のドアを空けてびっくりしたといった具合だ。今夜は、月夜ではない。星も一つも出ていない。その木の近くに街灯があるわけでもない。それなのに、見てすぐにそれが桜の花であることがわかった。輝いていたから。まるで自らの意志であるかのように白く淡い光を放っていた。”眩い”といった華やかさはなかったが力強い生命力を感じた。すぐ近くで素敵な出会いを経験した。

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2009年3月23日

春の味

スーパーの店頭に桜餅やよもぎ団子が並ぶこの季節。無性に食べたくなるものがある。よもぎ(私の住む地域では”もち草”と呼ぶ)の天ぷら。子供の頃、祖母があんこを好まない私のためによく作ってくれた。年老いた体で前掛けいっぱいによもぎを摘んできて、雑草を取り除きながら葉を一枚一枚丁寧に洗う。小麦粉をお水で溶いて、洗ったよもぎを入れて、油で揚げる。シンプルな料理なのに愛情はいっぱいで。祖母の思いが伝わってきて、嬉しくて、美味しくて、口の回りを油だらけにしながら何個も何個も食べた。よもぎと小麦粉と油だけで作った田舎の味。もう一度味わいたくて試みるものの、あの素朴さ、口いっぱいに広がった春の香りはどうしても再現できないでいる。幼い頃、味わった幸せ。夫や娘に伝えたいのにな。

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2009年3月21日

忘れてはならぬ。

私には、決して忘れらない日がある。結婚記念日とか大切な人の誕生日というのではない。3月20日。あの忌わしい地下鉄サリン事件が起こった日。十四年前のあの日、夫は会議のため都心にある本社に行く予定であった。あの時間帯に犯人の男がサリンの入りの袋を持ち込んだあの地下鉄を利用して。が、会社の都合で会議が延期になった。無事に帰宅した夫。青ざめた顔で走りよった私に夫は言った。「俺って本当に悪運強いよ。」事件の報道を見て一日中テレビの前で震えていた私を気遣ってか微笑みながら。でも目が笑っていなかった。私もホッとして体の力がすべて抜ける思いだったがそれでも震えは止まらなかった。犠牲になった方々、被害にあわれた方々への申し訳なさ、犯人への激しい憤りで胸が張り裂ける思いがした。あれから十四年。あの事件に関するニュースを見て娘がつぶやいた。「私ってもしかしたら生まれてこなかった命かも知れないんだね。」彼女は夫から事件の話を聞いていらしい。被害にあった人達の中には、当時、妊娠していて、やむなく出産するのを諦めた女性もいた。そのことを娘に話すと「その赤ちゃんて、私の同級生になったかもしれないじゃん。」と言った。あらためてやるせなさが沸いてきた。助かった命、助からなかった命、生まれてこなかったかもしれない命、生まれてくるはずだった命。これらの違いがいったい何処にあったのだろう。3月20日、忘れられない日、忘れてはならない日。

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2009年3月18日

車で一時間ほどの場所にある日帰り温泉に行って来た。そこは、小高い丘の上にあり、町全体を見渡せる。平日の昼間であるためか、いつもよりお客さんが少ない。シャワーを浴び早速、露天風呂へ。景色を楽しむ。桃畑と桃畑の間を走る道路、所どころにある家々、その向こうには山々、霞ががかった空。いつの間にか町全体が春だった。いつも、何気なく訪れ通り過ぎていた町が、こんなにも美しいものだとは、思わなかった。普段の私は何も見ていなかったということがよくわかった。勿体無いことをしていたな。もっと、心の目を研ぎ澄まそう。春の息吹を満喫しながら思った。

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2009年3月16日

美容師さん

美容院から出てくる女性の表情が私は好きだ。年齢や職業、身に付けている洋服など関係なく一人一人が誇り高く見えるから。まるで磨きを掛けるかのようにその人の持っている魅力を最大限に引き出すことが出来る美容師って素晴らしい職業だと思う。昨日、私を担当してくれた方もとても素敵な美容師さんだった。姿ばかりではなく心も綺麗になって欲しいという気持ちが伝わってきた。カラー、シャンプー、マッサージ、カット、ブロー。流れの中で違った自分を発見することが出来た。身体だけでなく気持ちまでもが軽くなっていた。まるで魔法を掛けられたかのように。「ありがとうございました!」元気な挨拶で送り出してくれた魔法使いの笑顔は眩しいくらいに輝いていた。

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2009年3月14日

デート記念日

十五年前の今日、ディズニーランドに行って来た。当時、まだ友達以上恋人未満?だった男性が連れて行ってくれた。誘いの電話を受けた時、頬が赤くなっているが自分でもわかった。目的地に到着するまでの車中、お互いに何を話さばいいのかわからなくて、でも初めての二人きりで。時折、顔を見合わせてはニコニコ笑っていた。二人で体験した最初のアトラクション。絶叫系が大の苦手で声も出せずに瞼をきつく結んで身を竦めていた私をそっとかばってくれた。本当は自分も怖かったことが後で判明した。突然、振り出した雨。始めは、二本の離れた傘だったのに徐々に重なり合っていき、いつの間にか一本になっていた。ミッキーマウスのショーを待つ間、寒さに震えていた私の手をギュッと握ってくれた。その瞬間、私はこの人のことが好きなんだということを実感した。あの時のショーの内容は忘れてしまった。でも、破裂寸前と思うくらいにドキドキした心臓とあの時の手の温かさは、今でも覚えている。まだ、携帯電話もパソコンも世の中に出回ってはいなかった遠い昔?のささやかな恋愛。あの時の彼は今も私の隣にいる。とても大切な家族として。

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2009年3月11日

呼び方

友人と久しぶりに会った。メールで連絡を取り合い待ち合わせをしてランチを楽しんだ。友人とは、不思議なもので一年近くあるいはそれ以上会っていなくても、まるで昨日も会ったかのような話が出来る。今日も食事もそこそこに話し込んだ。近況報告に始まりこれからのこと等。話が尽きることはない。友人は仕事をしながらある国家資格に挑んでいた。私は、彼女のバイタリティーに脱帽して尊敬の念を抱いた。私が去年PCの資格を取得したことやブログを持つことが出来たことを自分のことのように喜んでくれた。結婚した今の生活に不満があるわけではない。”奥さん”と呼ばれることや”〇〇ちゃんのお母さん”と呼ばれることも嫌ではない。でも、心のどこかで本来の名前がなくなってしまったような寂しさがあって。名前の一字もを取って”〇ちゃん”と呼んでくれる友人の存在が嬉しくて、時が経つのも忘れた。”奥さん”も”〇〇ちゃんのお母さん”もとても大切だけでど心の奥底に存在する”〇ちゃん”も大事にしていきたい。「またすぐに会おうね。」と手を振り合って別れた後、思った。

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2009年3月 9日

とん汁

今日の我が家の夕食は、とん汁。母親から受け継いだ定番メニューの一つ。具材を刻み、炒めて、だし汁で煮込で味噌で味付けをする。一連の作業を黙々とこなしていると子供の頃、手を真っ赤にしながら、一生懸命、お手伝いをした日々を思い出す。正直に言ってあの頃は、楽しいとは思っていなかった。何でこんな面倒なことをしなければならないの?といつも感じていた。でも、自分が親になった今ならわかる。母は私に体で覚えさせようとしていたのだということが。家族を気遣う母の思いが。その家に代々伝わってきたメニューっていうなれば命の愛情の引継ぎなんだと思う。塾から帰宅して、「美味しい。」といいながらとん汁をすする娘。この子に伝えられるかな。伝えたいな。途絶えさせてはならない命のリレー。

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2009年3月 7日

卒業。

この時期、一年で最も時の移り変わりを実感する。つい先日も卒業式を終えたばかりの晴れがましい姿の高校生を目の当たりにした。卒業。この言葉をリサーチしてみた。”学校で所定の学業を学び終えること”ともう一つ”一定の段階を通りこすこと”という意味があった。卒業、人はこの世に誕生してから去るまでの間にいったい何回の卒業をするのであろうか。赤ちゃん時代の卒乳をはじめにオムツからの卒業、幼稚園(保育園)に入園して、お母さんべったりの生活からの卒業・・・・・・・・・・・・・・高校卒業、大学卒業、教習所卒業。やがて大人になってからもいくどとなく訪れる様々な形の卒業。今、私は一つの卒業に直面している。これを乗越えなければ何も始まらないのに臆病になり、躊躇している。”ゆうき何をぐずぐずしているの?”という叱責の声だけが胸にむなしく響く。

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2009年3月 4日

会えて嬉しかったよ。

Cayhagsf  昨日からの雪は夜明け前には雨となり、15センチほどあった残雪もいつの間にか消えていた。最近ちょっとお疲れ気味の夫に付き合い隣県までのドライブを楽しんだ。一時間弱走った頃牧場が見えてきた。高原なので雪がまだたくさんあった。まだ、誰も足を踏み入れていない真っ白な大地に感激して思わすカシャリ。さらに10分ほど走った時、とても驚く出来事が。野生の鹿と目が合った。突然すぎて呆然とする私達をキョトンとした表情で見ていた。声を出すことも写真を撮ることも忘れていた。しばらく見詰め合った後、鹿は群れをなして雪の残る原生林を駆け抜けていった。美しかった。綺麗だった。言葉が見つからないくらいに。自然の雄大さを実感した。鹿さん、生活の邪魔をしてしまってごめんね。でも、会えて嬉しかった。ひと時の癒しをありがとう!元気でね。

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2009年3月 2日

あの時の味

テレビでラーメン屋さんの特集を見るたびに思う。あの日のラーメン美味しかったな。中学2年生だった。もう、25年以上前の話。当時、所属していたパレー部の遠征試合の帰りに仲間たち十数人と顧問の先生とで食べた。マスコミの取材を受けるような有名な店ではなかった。何処にでもあるような町のラーメン屋さん。でも、美味しかった。今まで食べたどのラーメンよりも美味しかった。給食や練習の合間のお弁当とはまた違った雰囲気ですごっく楽しかった。自他共に認めるほどの運動音痴の私は仲間たちの間では味噌っかす的存在だったのにそれでも友達で。仲間たちが私を思う気持ちがヒシヒシと伝わってきて、普段はスポ根アニメさながらの鬼監督の先生の眼差しはとても温かで、そんなみんなと一緒にいられることが嬉しくて、ラーメンがちょっとしょっぱくなった。あれから四半世紀。芸能人の色紙が飾ってあるような有名なお店のラーメンをはじめ数え切れないほどのラーメンに出会ってきたはずなのにあの日のラーメンに勝るものはない。

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