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2009年4月

2009年4月29日

家庭訪問

娘はこのところ憂鬱そうだ。どうやら、明日に迫った家庭訪問のことが気になっているらしい。昭和の日の今日、真剣に机の周りを片付け、掃除していた。表情にいつもはない緊張感があるのが微笑ましい。どういう心境なんだろう?ドキドキしているんだろうな。娘の姿を見ていると自分の中学時代を思い出してしまう。当時の担任は、大学を出たばかりの若い男性教諭。ほのかな憧れを持っていたのだろうか?普段の自分を知られるのがたまらなく恥ずかしかった。居ても経っても居られず、じっとしていることが出来ずただ、ひたすら家の中を掃除した。絶対に見られることがないであろう机の中まで整理した。そして、むかえた訪問の瞬間、お茶を出す手が演技をしているかのように震え、声は1オクターブ高くなった。あの時、いったいどういう会話を交わしたのかはまるっきり覚えていない。ただ、先生が帰った後、心の中に、心地よい安心感が広がったことは記憶している。あれから二十数年、生徒から親へと立場を変えあの頃とはまた違った緊張感を抱いているゆうきがいる。文部科学省が定める恒例行事?家庭訪問で一番ドキドキするのは、子供?親?それとも教師?

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2009年4月27日

大切なもの

昨日、久しぶりに貧血を起こした。珍しく?日曜日に休日だった夫に連れられて行った県内最大規模の大型ショッピングモールでのことだ。意識を失ってしまうようなことはなかったが、歩いていて体がふわふわ浮いているみたいで、景色が揺れているようで何とか自分の体を支えるのが精一杯だった。本当は、もっとドライブを楽しみたかったが、体調を崩してしまった私のために自宅へ戻った。夫と娘に買い物を頼み倒れこむように布団に。そのまま、眠ってしまったのだろうか?気が付いたときには部屋に夕日が差していた。しばらくボーっとしていたら二人が帰宅した。元気がないゆうきのために好物をたくさん買って来てくれていた。具合が悪い時のゆうきの悪い癖?ついつい、自虐的にな台詞をはいてしまう。「どうせ、私は・・・・。」自分でもうんざりするくらいにうじうじモード全開なのに、夫も娘も怒らなかった。ゆうきが発する一言一言に「そんなことはない。ゆうきは・・・・・。ママは・・・。」根気強く優しく対応してくれた。嬉しくて、温かくてこっそり泣いた。自分たちも疲れているはずなのに夕飯まで作ってくれた。肉野菜炒め。再び泣けてしまうくらい美味しかった。ここ一週間ほど事あるごとに涙、涙のゆうきだったけれど、同じものを一緒に食べて美味しいねと言い合える関係、大切にしたいと心から思った。

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2009年4月25日

ゆうきがゆうきであるために。

ここ二日ほど、テレビのニュースやワイドショーは公然わいせつ罪逮捕された彼の話題で持ち切りだ。特に彼のファンではなくてもショックを受けた人は多いだろう。ゆうきもその一人だ。CMの契約打ち切り、活動自粛、海外にまでこの事が報道されるなど、彼が受けた代償はあまりにも大きい。悲しい思い、つらい思いをした人もたくさんいる。この報道を見てゆうきは深く考えさせられた。同じ事でなくても似た様なことが自分自身も起こりうるからだ。なりふり構わず感情に走ってしまうことが。社会的地位が高い低いに関係なく、人間は様々な”立場”を抱えて生きている。〇〇さんの妻、夫という立場、〇△さんの息子、娘という立場、〇ちゃんの親という立場、、□〇の友人という立場、〇□さんの彼、彼女という立場〇×市町村の住人であるとう立場、△△会社の従業員であるという立場、〇□学校の生徒、卒業生という立場・・・・・・・・。数え上げたらきりがないくらいに。人には心があるから、摩擦は避けられないし、感情に任せて、泣き喚きたくなること、物に当たりたくなること、人を傷つけたくなることにたくさん直面する。だが、感情的な行動を起こす前に思い出したい。”立場”には、必ず相手が存在することを。人が人である以上、生きている以上、絶対に誰かの影響を受けているし与えてもいることを。落ち込むことがあった直後だけにゆうきはあらためて自分自身に言い聞かせた。大切な誰かを悲しませないために。ゆうきがゆうきであり続けるために。

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2009年4月22日

掃除。

気分が沈んでしまった時はトイレを磨くことにしている。昨日、現実社会でどうしようもないくらい落ち込んでしまう事があった。その場では、泣くに泣けなくて矛先を何処に向ければいいのかわからなくて傷ついてないふりをするのが精一杯だった。家では、家族に悟られないように心配をかけないようにいつもどうりのゆうきを演じた。ひょっとしてゆうきは鈍いのかな?家族が寝静まった深夜になって初めて涙が流れてきた。一度、泣き出してしまうと留まることを知らず、娘や夫を送り出した後泣いて、テレビを見て泣いて、本を読んでもご飯を食べても泣いて、とにかく泣くだけ泣いたて涙が涸れた頃、トイレ掃除を始めた。便器の裏の裏まで磨き、床を拭き壁を拭きタンクの中を点検した。マットや便座カバー、・・・・・とにかくトイレにある布全部を洗濯した。掃除って不思議だ。夜も眠れないほど?だったゆうきだったがトイレの汚れが落ちていくたびに、自分自身のずるさや弱さも洗い流されて綺麗になっていく気がする。洗濯機が止まる頃には少し立ち直った気がした。明日の朝の空を見上げたらそこに新しい自分が映っていうかもしれない。

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2009年4月20日

見つけたよ。

4月11日のブログ”四つ葉のクローバー”に登場した女の子に一番、影響されたのは夫なのかもしれない。ただ通り過ぎようとしただけの野原で、ふと立ち寄った公園で四つ葉のクローバーを探すようになった。3人の休日が重なった先週の土曜日。「ストレスが溜まってる~。」という娘のために海が見える公園までドライブに出かけた。近くを通りがかったことはあるが訪れたのは初めて。海に面して芝生があり花壇があり難破船の形をした遊具もある子供でなくても「わ~い!」と思わず歓声をあげたくなる場所だ。私たちも早速、散策を。海のほうにばかり目がいっているゆうきを尻目に夫が、またクローバーを探し始めた。あまりにも必死な様子の父親に刺激されてか娘も辺りをこそこそし始めた。つられてゆうきも。幸せはそう簡単には見つけることはできない?の言葉通りになかなか見つからない。膝が痛くなって目も疲れてきて「そろそろ帰ろうか?」というときになって「あった~!」と娘。どうやら一人で見つけることができたのは初めてのことらしい。飛び上がって体全部を使って喜んでいる。続いて夫が「あったよ~。」とちょっと照れくさそうに。「俺は本当はこういうキャラじゃないよ。」と言っているがまんざらでもなさそう。夫や娘が見つけられたならばと腰を上げたのに二人はまだ探すのをやめない。ゆうきの分もと思っているらしい。そんな二人の姿にジーンとして私も再び目を落とした。大事な家族の思いが通じてか30年ぶりにゆうきも自分で四つ葉のクローバーを見つけることが出来た。「やった~!」三人のうちで一番、大きな声を上げたのはいうまでもない。

幸せって何?真実の愛って?と疑問を投げかける人は多い。ゆうきもいつも考えている。でも、この日、ゆうきは、「3人とも四つ葉のクローバーを見つけることが出来たね。」と喜ぶ夫と娘の姿に幸せを瞳の奥に真実の愛を発見した。

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2009年4月18日

ありがとう!

一昨日、夫がデジカメを落とした。外の空気を吸いにと出かけた散歩中の出来事だった。まず最初に、私たちが出向いたのは、小高い山になっている市内の桜の名所。ふもとが神社になっていて山頂からは市街を見渡すことが出来る。桜吹雪と景色を堪能した後、次の目的地である観光名所の某湖へ。ほとりで野鳥を眺めた後、デートスポットで有名な峠へ行った。ここの絶景は観光マップにも載るほど素晴らしいものだ。夫も早速、写真を撮ろうとデジカメを取り出そうとした。が、ない!二人で青くなった。バックの中、車中を探しても見つからない。急いでさっきの湖のほとりへ。そこにもなかった。残る場所は一つ。最初にいった桜の名所だ。祈るような気持ちでその場所へ戻った。散策した場所、写真を撮った場所、一つ一つ、地面を這うようにして、目を皿のようにして探したが見つからなかった。デジカメにはまだ、パソコンに落していないデータもある。落したとしたらこの場所しかないと夫は言う。落ち込んで声も出せずにいる彼を責めることなんて出来なかった。泣きたいような気持ちになった。諦めようとした。夫を慰めるしかなす術がなかった。いったん家に帰り、昼食後、一縷の望みを掛けて最初に行った場所にある神社のサムショへ問い合わせてみようという事になった。「99.9%無理だな。」と渋る夫を引っ張るようにして、神社へ。鳥居を潜ったと同時にこちらに向かって大きく手を振る男性の姿が目に入った。もう片方の手には0.01%の可能性であったデジカメが。「あんたら、カメラ落しただろ?観光の人が届けてくれたんだ。」私はこのとき初めて涙を流した。嬉しかった。もう絶対にダメだと思っていた。世の中捨てたものじゃないと感じた。夫も私と似たような気持ちであったことだろう。私達のデジカメを拾って届けてくれた方は、名前も言わず、携帯電話の番号も明かさず立ち去ったという。言葉に出来ないくらい感謝の気持ちでいっぱいなのにお礼を言うことも出来なかった。私達家族の大切なアルバムを届けてくれてありがとう!とどうしても伝えたかったのだが。

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2009年4月15日

手紙

どうしても捨てられないものがある。今まで貰った手紙や葉書などの類。小学校低学年の時のものからつい最近の物まで。一通、一通、手にするだけでに様々な思いが去来する。手紙って不思議だな。手書きの物は特に当時、相手が自分に抱いていた感情まで伝わってくる。まるで自分史を見ているようだ。便箋や葉書そのものは時の経過で黄ばんでボロボロなのに貰った時の気持ちだけは風化していない。一つ一つが大切でかけがえがなくて・・・・・・。どれが一番大事だなんて決められない。ましてや手放すなんて絶対出来ない。どれもこれも私そのものだから。午後の日差しがさんさんと降り注ぐ部屋でゆうきはあらためて思った。

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2009年4月13日

カレーライス

私が人生最初に作った料理はカレーライス。小学校五年生の時だ。それまで、ジャガイモの皮をむくくらいのお手伝いはしていたが、一から全部、自分一人で調理するのは初めてのことだった。「ちゃんとしたカレーなるのかなぁ。」いつもそばにいてくれた祖母は、その日は留守。不安でいっぱいながらも作業を開始した。一人の時に使うのは初めての包丁とガスコンロ。ワクワクでドキドキでハラハラで。まるで自分が、冒険小説の主人公になったかのようだった。床を水浸しにガスコンロを油まみれに手を絆創膏だらけにして出来上がったカレー。達成感で胸がいっぱいになった。あの時のカレーの味は忘れてしまったけれど、「できたよ~。」との報告を受けた時の母のホッとした顔は今でも覚えている。あの日の冒険小説のヒロインは私ではなく、黙って手出しせず口出しもせずに見守った母かもしれない。

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2009年4月11日

四つ葉のクローバー。

今日、公園で素敵な家族連れを見かけた。5歳位かな?長い髪を綺麗に編みこんだ女の子とその子のお母さんらしき人、おばあちゃんの三世代。女の子は周りにある遊具や噴水には目もくれず、一心に四つ葉のクローバーを探していた。誰に教わったのだろう?幼いながらも”見つけられたら幸せになれる”ということを知っている。どうやら自分のためのものではなく大好きな誰かのためのものらしい。「そんなに簡単に見つかるわけないよ。」苦笑しながらも一緒に探し始めたおばあちゃん。「見つかるもん。アタシ、見つけたことあるもん。」鼻の頭に汗を浮かべ泣きそうになりながらも一生懸命な女の子。そんな二人を少し離れた所から黙って見守るお母さん。まるで、一枚の絵のように心引かれる光景だった。四つ葉のクローバーの花言葉は”TRUE LOVE”(真実の愛)。昼過ぎの春の公園で、名前も知らない小さな女の子に日頃、忘れかけている大切なものを頂いた。

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2009年4月 8日

花の共演

Cac4krpx_2 「桃の花が満開だぞ。」朝からだらだらしていたゆうきを夫がドライブに誘ってくれた。「ああぁ、本当は寝ていたいのにな。」と思いながらも車に乗り込んだ。走り出すこと40分位。桃畑が見えてきた。しばらくボーっと窓の外を眺めていたゆうきだが、思ってもいなかった光景が目に留まり、脇に車を止めてもらった。桃の花と菜の花が共演していた。空と遠くに見える山と桃の木と菜の花が一体となって一つの曲を奏でている、そんな錯覚に陥った。目で見るハーモニーに胸がジーンとした。写真を撮って車に戻る頃のゆうきは有名人のコンサートを見終えたかような満足感でいっぱいだった。

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2009年4月 6日

赤い靴

Ca0zau6n 私が人生で最初に手にしたレコードは”よい子の童謡”。保育園に入った年に父が買ってくれた。「かわいいかくれんぼ」「チューリップ」「ちょうちょ」といった微笑みたくなるような楽しい曲が多い中一曲だけ幼心に悲しくなってしまう曲があった。それが「赤い靴」。歌詞の意味を理解することは出来なかったが、この歌に登場する女の子が幸せではなかったことは当時4~5歳だった私も感じ取ることが出来た。

月日が流れ、大人になって、この曲が、実話を元にして作られたものであることを知った。約100年前、きみちゃんという3歳の女の子がアメリカ人宣教師夫妻の所に養女に出された。やがて、この夫妻がアメリカに戻ることとなる。きみちゃんも連れて行こうとするのだが、彼女の体は、結核に冒されていた。あの時代結核は不治の病。船に乗せることが叶わず、夫妻は泣く泣くきみちゃんを孤児院に預け渡米した。日本に残されたきみちゃんは母を思いながらこの世を去る。実の母親はこの事実を知ることなく、きみはアメリカに渡り幸せに暮らしているものと最後まで信じ続けた。母が子の幸福を願い、子はただひたすら母を求めた。運命と呼ぶにはあまりに悲しすぎる擦れ違いに、一人の母親として涙を止める術がなかった。

二人の故郷に立つ像を先日見てきた。満開の桜の向こうに見える町並みと青い海。今、この母娘が二人揃って心穏やかで幸せであることを願わずにはいられない。

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2009年4月 4日

悠久の・・・・・。

Caos3oex ”悠久”今まで色々な形で文章を綴ってきたゆうきだがこの言葉を使うのは初めてだ。「山高神代ザクラ」樹齢2000年。日本武尊が植えたとされるエドヒガンザクラ。娘が春休み中のため見に行くことができた。私たちが訪れたその日に満開を向かえていた。今にも枯れそうな瀕死の老木を想像していたゆうきは、その佇まいに息を呑んだ。ハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。”生きている化石”とはまさにこのことだ。周りの桜の木にはない荘厳の光を放っていた。歴史年表の端から端まで生き抜いた木。悠久の驚異を感じたこの日、この時を心に刻んでおきたい。

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2009年4月 1日

お弁当

お弁当に入れて欲しいおかずは何?質問されることがある。私は迷うことなく唐揚げと答えるだろう。有名料理人が作るものではなくて、子供の頃、母が作ってくれた唐揚げがいいな。遠足や運動会など、ワクワクする特別な日の朝は、いつだって、パチパチという油のはねる音で目覚めた。続いて漂ってくるニンニクの香り。「わ~い!」とはしゃいだ声で飛び起きたっけ。私の母が作るそれは市販のものより茶色の色が濃かった。でも、そのことが返って食欲を刺激して、「コラッ。」と叱られながらも手を出さずにはいられなかった。指で伝わる出来立てホヤホヤの感触。口に広がる母オリジナルの味。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。あの頃口にしていた唐揚げは私の五感を育む最高の教材だったようだ。桜香るこの季節、私も作ってみようかなオンリーワンの味。

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