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2009年6月

2009年6月29日

思うこと。

Photo  ゆうきが物思いにふける場所の一つが高速道路。どんなに眠い時でも疲れている時でも、高速に入った途端、気持ちがシャンとするから不思議だ。考えること、感じることはその時々、色々だ。目に留まるものも、日によってあるいは精神状態によってコロコロ変る。ある時は車窓を流れる風景だったり、またある時は前を走るくるまだったり、何処までも続くテールランプだったり。たとえ、それが何であったとしてもゆうきの想像はどんどん膨らむ。時には感傷に浸ったり、時には腹を立てたり、また時には、何かにジーンとしたり。とにかく忙しいことには変わりはない。高速を走るたびに、人の価値観は、ドラマは、一つではないことを実感する。
 夏になり、仕事が忙しくなる夫。次に高速に乗るのはいつになるのかな。高速道路は、いつも、ゆうきを、様々な思いへと誘う。

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2009年6月27日

携帯からの更新

携帯からの更新
夫の実家に帰省中。辺り一面に広がる、のどかな田園風景。彼は、ここで、二十代前半までの時を過ごした。帰省したのは約5ヶ月ぶり。田植えから2ヶ月が経過し、着実に成長を遂げる青々とした稲と見知らぬ白い鳥が出迎えてくれた。“シラサキ”古くからこの地方に生息していると、夫かそっと囁いた。この辺りでは、雀と同じくらいポピュラーだと、思わぬ出会いに呆然とするゆうきに、夫は、続けた。シラサキを見るのは、久しぶりの夫とほとんど初めてであるゆうきと娘。しばらくの間、それぞれの携帯を使っての写真撮影に夢中になった。警戒心が強いらしく、撮らえるのは、難しかった。ここには、何度も来ているのに、今までこの美しい鳥の存在に気付けなかったことが悔しい。綺麗な飛び方をするね。娘が呟いた。三人が三人、それぞれの感動、思いを噛み締めたためか車中は、一瞬だけ静まりかえった。

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2009年6月24日

樹齢4〇年?

Photo  実家の庭にある南天の木。ゆうきは、この木の香りを嗅ぎながら大きくなった。実や葉を使ってよくおままごとをした。いったい、いつからここに居たのだろう。今日、実家に行った時、両親に聞いてみた。「私が、お嫁に来た時には、もうあったよ。」と母。「この家を建てた時に、お前のおじいちゃんが植えたんだよ。」と父。えっ、という事はゆうきよりも年上?意外な事実を知り、言いようのない感慨を覚えた。ある意味、この南天は、この家の誰よりも、この家の歴史を見て来たことになる。思えば、「行ってきます。」の時、「ただいま。」の時、いつも視界にいた。南天と共に、祖父母を天国へと見送った。嫁ぐ日の朝には、そっと「ありがとう。」を言った。いつも、いつだって、その時々に合った見守られ方をされてきた。
 南天、花言葉は”機知に富む”。母として、妻として、娘として、ゆうきも斯くありたい。

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2009年6月22日

いつかは・・・・・。

Photo 昨日の父の日、娘と二人でパウンドケーキを焼いた。毎年、父の日には、手作りのストラップやマスコットなどを贈ってきた娘。今年は違う路線で攻めてみたくなったらしく、ケーキを焼く私に便乗させてくれと懇願してきた。二人で、他愛もない冗談を言い合いながら生地作りに励んだ。大好きなパパのためとあってか、娘は、とてもはりきっている。パパがどんな反応をするのかが楽しみで仕方がないらしい。
 そんな娘を夫は、溺愛している。目に入れても痛くないとは、まさしくこのことだ。娘が幼稚園の頃、覚えたてのひらがらで書いた手紙を今でも大事に持っている。テレビドラマなどで娘が嫁ぐシーンを見るととても寂しげな表情を浮かべる。夫の気持ちは痛いほどわかる。今は、パパのために、パパだけのためにケーキを焼く娘だけれど、きっといつかは、パパではない愛する誰かのためにケーキを焼く日が来る。その日が永遠に来ないのは困るが、出来るだけ遠くであって欲しいようにも思う。自分たちもその道を通ってきたはずなのに、親の思いって身勝手で複雑だ。
 いつもより、ちょっと早めに帰宅した夫は、嬉しそうにケーキを頬張った。娘から父へ、初めての形としては残らないプレゼント。夫の脳裏にはどのように刻まれるのだろう。

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2009年6月20日

十五少年漂流記。

Photo 大人になった今でも、公園の遊具やアスレチックを見ると、ついついワクワクしてしまうのは、ゆうき夫婦だけなのかな?
 何度か家族で訪れたことがある大きな難破船の形をした遊具がある公園。物珍しい遊具は、いつも元気いっぱいの子供たちがあふれかえっている。ゆうきは、羨ましげにその光景を眺めているだけだった。
 ウィークデーの昨日、ドライブがてら足をのばした。午後の日差しをサンサンと浴びる遊具には、対象となる年頃の子供はいなかった。これはチャンス?とばっかりに夫と顔を見合わせた。
 公園にある遊具を利用するのは本当に久しぶり。梯子やロープにドキドキ、四苦八苦しながら船上にたどり着いた。ほんの5~6メートルの高さなのに、目の前に広がる水平線は地上で見るものとは、全然、違った。遠くに遊覧船を見つけた。憧れの船の形をした遊具を体感して、30年以上も昔に読んだ十五少年漂流記を思い出した。ゆうきが初めて自ら選んで、親にねだった冒険小説だ。買い与えられた本には挿絵はほとんどなかった。少女だったゆうきは、見たこともない世界を想像して、思いをはせ、憧れを抱いた。あの物語の主人公たちが、漂流し流れ着いた島の景色は果たしてどんなものだったのだろうか。潮騒をし耳にしながらから、海からの風を頬にうけながら、ゆうきは、つかの間、物語の世界に浸った。
 我に返って、眼下を見下ろすと、夫が”ロープウェイ”に夢中になっていた。きっと、彼は彼で去来した思いがあったのだろう。それがどういうものであるかは、あえて、聞かずにいようと思った。
 

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2009年6月17日

キャラメルロック?!

Photo 日曜の午後、いつもなら、ダラダラモード全開(よく言えばのんびり?)の娘が突然、
「お菓子を作る。」
と言い出した。
どうやら、愛読している雑誌に影響されてのことらしい。
”思い立ったが吉日”と言わんばっかりに、キッチンのテーブルでノートパソコンを広げているゆうきの傍らで、カシャカシャやり始めた。作るのは”キャラメルロック”。レンジで溶かしたキャラメルとマシュマロの中に砕いたピーナッツを入れよく混ぜ合わせる。生地をホークでこねる娘の表情は思いのほか真剣で、その瞳にはいつもとはまた違った輝きがあった。「あれ?この子って、まつ毛がこんなに長かったっけ?」と今更ながら思った。ゆうきは、いつも不思議に感じる。数々ある思い出の中で、旅行等のイベントの日よりも、こんな風に何気なく過ごした日の方が鮮明に残っていくのはどうしてだろうって。娘は大人になった時に、今日のこの日を振り返る時はあるのかな。
 娘は、出来上がったキャラメルロックを早速、味見させてくれた。生まれて初めて最初から最後まで一人で頑張って作ったそれは、どこか懐かしい味がした。

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2009年6月15日

収穫間近の・・・。

Photo夫が通勤に利用する道路は、この時期、甘い香りに包まれる。先日、久しぶりに通りがかったゆうきは歓声をあげた。大好きな桃が鈴なりになっている。眩い、美しい、瑞々しい。綺麗な言葉が次から次へと脳裏に浮かんだ。
 ゆうきの家にはひいきにしている桃農家がある。笑顔がとても素敵なご夫婦が営んでいる農園だ。いつの年だか定かではないが、ご夫婦が桃農家ならではの苦労を聞かせてくれたことがあった。
 収穫期を終えた時期の剪定(不要に成長してしまった枝を伐採し形成を整える作業。)のことや毎朝行われる見回り、自然災害への対策等。彼らには一年365日、ほとんど休みはない。眩い美しさの影にある汗と涙、桃一つ一つに込められる思いに胸が熱くなった。大事に大事に味わって食べようと思った。
娘を嫁に出す時の心境に似たものがあるのであろうか、桃の入った箱を抱えて農園を後にする私たちを見送るご夫婦の表情は、いつも誇らしげでもあり寂しげでもある。
 今年もやってきたゆうきが大好きな季節。ご夫婦の笑顔、優しい声に再開できる日を指折り数えて心待ちにしている。

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2009年6月13日

カルガモの親子

Photo_2 買い物に行く途中、通り過ぎようとした水田にカルガモの親子がいるのを見つけた。思わぬ場所での思わぬ出会いに興奮した。
 何処から来たのだろう。娘はもちろん、兼業農家育ちで、幼い頃から田んぼに慣れ親しんでいるはずの夫やゆうきも初めて見る光景だ。驚きのあまり三人とも声も出せない。
 生まれて間もない子ガモと優しい眼差しで見守る親ガモ。辺りの風景と一体化したよな姿に鼻の奥がツーンとした。親子の間でいったいどういうやり取りか交わされているのだろう。この景色は彼らの瞳にはどのように映っているのだろう。やがて、親元も巣立つであろう子ガモたちの脳裏に今日の空の色は残るのだろうか。
 袖振り合うも他生の縁?今日、ここで出会った子ガモたちが一羽ももれることなく無事に成鳥となることを切に願う。
 三人それぞれの思いが去来したためか車中は思いのほか静かだった。
カルガモ親子の大事なひと時を邪魔してはならない。ゆうきはいつもより慎重にそーっとシャッターを切った。
 
 

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2009年6月10日

時の記念日

Photo 今日、6月10日は、時の記念日。
 ゆうきがこのことを知ったのはつい先日だ。
言葉の響きに心引かれて、色々とリサーチしてみた。
 パソコンで検索したり、本屋さんで立ち読みをしたりして、 西暦671年、天智天皇が、人々に時を伝えるため、水の流れる量で時間を計る水時計を作った日であることがわかった。
 時を伝えてきた時計にも悠久の歴史があることに気付きはっとした。普段、何気なく目にしている時計が、とても大切なものに思えた。
 今から、1338年前、、水時計を作った天智天皇。もしかしたら、同じ時代を生きた人々ことだけではなく、後の時代を生きる人のことも考えていたのかもしれない。
 自分自身、時計の分針に換算してあと何周分の命があるのかわからない。でも、時計の針の一周一周、今この瞬間、瞬間を大事にしたいと思う。天智天皇と時代こそ違えど、ゆうきも時を生きていることに変わりはないのだから。

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2009年6月 8日

味の再現

Photo_2

「あなたが忘れられない学校給食のメニューは何?」
と聞かれることがある。鯨の竜田揚げ、揚げパン、ミルメーク等、捨てがたいものがたくさんある。その中で、ゆうきが一番、印象に残っているのは”ロックケーキ”である。当時、祖父母と同居していたゆうきの家は和食中心メニューだった。そのことに特に不満があったわけではないが、たまに給食に出るヨーロッパのお菓子風の味は、ゆうきの舌にとって驚異的かつ魅力的だった。月の献立表を見て何日も前から楽しみにしていた。食べるたびに憧れの外国の文化に触れたような気持ちになれた。
 家族が留守で一人きりの日曜の昼下がり。記憶と感覚だけを頼りに作ってみた。材料を混ぜて捏ねてオーブンへ。意外に時間と手間を要する。あの時の給食に携わった方々に改めて感謝の意を表したい。
 予想以上の時間が掛かって焼きあがったロックケーキは、あの時の味とは微妙に違った。味の再現はやっぱり難しい。

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2009年6月 6日

散歩

Photo 昨日から降り続いていた雨も午後には上がった。ふと、雨上がりの風を体感したくなり散歩に出た。ゆっくりと歩いていると、車で通る時には絶対に気付かない色々なものが次々と目に飛び込んでくる。この花もその中の一つだ。幼い頃からずっと目にしてきたけれど名前はわからない。学校帰りの道端に、遊び場だった野原に、勤めていた会社の駐車場に、夫の実家の近くにと常にゆうきの身近にいた。見ると見るたびにホッとできる。この花を見るといつ思う。家に飾られる花、見向きもされない花、花屋さんでよく見かける花、そうでない花、これら違いはいったい何処にあるのか。どの花も大地にしっかりと根付き精一杯、咲いていることに変わりはないのに。
 辺りの風景、人々の心情は時代と共に様変わりしているけれど、この花の姿かたちは、ずっとこのまま。きっとその、花弁の中に強い意志があるのだろう。
 気まぐれだった雨上がりの午後の散歩。思うこと、感じることはゆうきの想像以上だった。

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2009年6月 3日

お日様の匂い

Photo お花の写真を撮ろうとしたら思わぬ先客が。「わ~!かわいい!」またとないシャッターチャンスに心が弾んだ。丘陵地帯の公園にいたネコちゃん、写真を撮り終えた私たちの元へ擦り寄ってきた。どういう方に飼われているのだろう?人懐っこく、どこか優しげなしぐさから、きっとどなたかに愛されているであろうことが伝わってきた。毛並みは毛布のようにフワフワと温かくお日様の匂いがした。好かれたことがよほど嬉しかったらしく夫は、小さな子供に接する時ように話しかけ、遊んだ。ネコちゃんもネコちゃんで体全身を使って喜んでいた。午後の日差しは柔らかく、風はさわやで至福のひと時だった。
 ネコちゃん、驚かせてごめんね。勝手にブログに登場させてごめんね。つかの間の癒しと幸せをありがとう!

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2009年6月 1日

幸福の再来

Photo_6 ここは、携帯電話の電波も届かないほどの山奥。知る人ぞ知る、すずらんの群生地だ。訪れたこの日は、あいにくの雨。にもかかわらず、すずらんたちは、まるでそれが自らの使命であるかのように白く輝いていた。すずらん、別名”君影草”(葉に隠れて咲くことから名付けられた。)。その名の通り?恥ずかしがり屋さんでその表情を捕らえることは思いのほか難しいかった。ついつい、夢中になったゆうきは「お願いだから、こっちを向いて!」と心の中で叫んでいた。

すずらんの花言葉は”幸せの再生”。本当の由来はわからないが過酷な自然環境に根を張り、厳しい冬を乗越え、けなげに花開かせ人々の心を打つ姿を見るとうなずける。

イギリスやフランスには”すずらんの日”があって愛する人、大切な人にその幸せを願ってすずらんを贈る風習があるそうだ。本物の花は無理だけれど画像としてしか贈ることが出来ないけれど、ゆうきからみなさんへ。いつもありがとう。みなさんの応援がコメントがどれだけゆうきの励みになっているかわかりません。本当に本当にありがとう!

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