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2009年7月

2009年7月29日

平和な風景

Photo  自宅から車で一時間程の場所にある高原。ここは、地名に”霧”の文字が入っている。名の通り?霧に覆われることが多い。今日もそうだった。晴れていれば見えるはずの山々も遠く霞んで見えるだけ。しかし、その分、辺りの風景は静かで、のどかで、ゆったりとしていた。助手席でぼんやりしていたら、白い生き物が目に留まり、思わず目を凝らした。霧雨の中、遠くで羊が草を食んでいた。珍しい光景ではないのに、羊を見るのも初めてではないのに、何故か胸の奥に響くものがあった。今この瞬間を目と心に焼き付けたいと思った。
 この景色を見て、ゆうきの脳裏に浮かんだ言葉がある。”平和”。優しくて、静寂で、のんびりとしていて、一枚の絵の中に迷い込んでしまったような錯覚を覚えた。
 世の中は大変な状況ではあるけれど、ここは、ずっとずっと、何年経ってもこのまま平和な世界であって欲しい。ゆうきは切に思った。

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2009年7月27日

崇高な・・・。

Photo  ゆうきの家の前の野原は、自生の草花の宝庫だ。名前を知らないものがほとんどだが中には知っているものもちらほら。アザミがその一つだ。
 つい先日、テレビで富士山頂に咲くアザミを見た。過酷な自然環境においてもなお、自生する姿に感動した。
 テレビで見た映像が頭から離れなくなったゆうきは、インタネットで色々調べてみた。
 アザミの種類は国内だけでも60種類以上。それぞれの場所で、それぞれの環境に応じて、花弁の形を変え、茎の長さや太さを調節して、それぞれ自生している。太古から厳しい自然に打ち勝ってきたことが由縁なのだろうか、花言葉は、”独立”、”厳格”、”報復”。
 今回の検索で得た知識の中でゆうきがおそらく生涯忘れることがないであろうもの記しておこう。13世紀頃、イギリスでスコットランドとイングランドが戦争をしていた時、その痛い棘でスコットランドを守ったことから今でもスコットランド(地方)の国花となっているそうだ。身近だった花にこんな歴史があったとは・・・・・。アザミがとても崇高なものに思える。スコットランドを救ったアザミの花弁はどんな形だったのだろうか。茎の長さは?太さは?夫の故郷のアザミは、お気に入りの海岸に咲くアザミは?スコットランドまで行くことは出来ない。けれども、せめて、日本国内のものだけでも知っておきたい。

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2009年7月25日

空の奇跡?

Photo  夏休み初日の一昨日、ゆうき一家の唯一のレジャー?であるドライブを楽しんだ。ゆうきの住む地の天候は、薄曇だったが、目的地の天気予報は雨。どうしようかと気をもんだが、海の雰囲気だけでも味わいたくて、計画通り、出かけることとなった。途中、家から離れるにつれ、雲がどんどん厚くなるような気がして、家族3人で意気消沈した。せっかく来たのにな、ちょっとでいいから夏の海を楽しみたいな。ゆうきは祈るような気持ちになった。同じ思いを抱いていたのだろうか、夫も娘も言葉少なだった。
 ゆうき一家の気持ちを天が察してくれたのだろうか?目的地に着いた途端、雲の切れ間から日差しが差し込んだ。諦めムード全開だった夫と娘は歓声をあげた。ゆうきの目にはうっすらと涙が浮かび景色がぼやけた。早速、車を降りて、磯遊びを思いっきり体感した。
 たくさん、はしゃいだ後、”つわぶき”と言う名の小径の先にある展望台から海を眺めた。心地好い潮騒と海風を胸に受けながら、そっとデジカメのシャッターを切った。
 帰途に着きしばらくすると、フロントガラスにポツポツと雨粒があたった。雲の切れ間から差し込んだ日差しは天の神様の一瞬の微笑だったのかもしれない。

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2009年7月22日

ジュウロク

Photo 土用の丑の日、実家にウナギを届けに行ってきた。お礼にと畑で収穫したてのインゲンを貰った。インゲン、ゆうきの出身地では、ジュウロクと呼ぶ。かなり大きくなるまで、この言葉が実は方言であることに気付かなかった。
 正直言って、方言を気恥ずかしく感じた時期もあった。そんなゆうきが何の因果か県外出身の男性と縁あって一緒になった。夫とゆうきの一番の違いは、話す言葉だと今でも感じる。夫婦の会話を通して、方言には方言でしか伝えられない思い、微妙なニュアンスがあることを知った。方言は、その地方に伝わる文化なのだと思う。
 「ジュウロク、取って来たからもってけ。」
祖先とのつながりを大事に思っているのだろう。ゆうきの両親は、ジュウロクをインゲンとは決して呼ばない。
 茹でたてのジュウロクをつまんでみた。自家製ならではの甘みが口いっぱいに広がった。この味は、インゲンと呼ぶよりもジュウロクと言った方がしっくりくると感じた。

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2009年7月20日

思い出の中の・・・・・。

Photo  アメリカンドックは、ゆうきにとって思いで深い食べ物だ。
 小学生の頃、毎週日曜日になると、特売品である卵をゲットするために、祖母と二人で徒歩で10分程のスーパーへ出向いた。お使い?と言うのはあくまでも名目上のことで本当の目的はフードコートでアメリカンドックを買ってもらうことだった。卵を買った後、二人で階段の踊場にあるベンチに腰掛けてアメリカンドックを食べた。大好きなおばあちゃんと食べるアメリカンドックは、この世に存在するどんな高級食材よりも豪華で、頬っぺたが落ちるほど美味しいものに思えた。あの時のおばあちゃんの笑顔とアメリカンドックの味は、ゆうきの中でささやかではあるが鮮明な思い出の一つとなった。
 先日、コンビニでアメリカンドックが目に入った。30年以上も前に体感した日々が、手に握り締めた100円玉の感触までもが胸に甦りジーンとした。
 思いがさめないうちにと、家で、見よう見まねで作ってみた。食わず嫌いで、アメリカンドック初体験の娘の顔に笑みが広がった。
 「また、作ってね。」
の一言が心地好くゆうきの心に響いた。

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2009年7月18日

大地との絆

Photo  今年は、雨らしい雨を体感しないまま、いつの間にか梅雨が明けてしまったような気がする。外に咲く草花が例年に比べて少し元気がないように見えて仕方ない。もちろん、例外もあるが。その一つが昼顔だと思う。特に人から手をかけられるわけではないのに、注目を浴びるわけでもないのにいつも元気だ。一見すると儚げなのに、夏の日差しにも多少の嵐にも屈しない力強さがある。淡いピンクの花弁は優しさを感じさせる。強さの中に見え隠れする優しさ、生命力あふれる姿に、ゆうきは深い尊敬の念を抱く。きっと花を咲かせるためだけに生きているのだろう。
 昼顔の花言葉は”絆”。(土の中で根が絡まりあっていることから生まれた花言葉。)健気でいられるのは、昼顔自身が大地との絆を強く感じているからであろう。

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2009年7月15日

最高の贅沢。

Photo   きゅうり畑を見ると、夏休みを思い出す。短めのワンピースにビーチサンダル姿で駆けずり回っていたあの頃を。祖父が汗水流し丹精込めたきゅうりは、曲がりぼだったり太すぎたりと形がまちまちだったが、特有の風味があり、何もつけなくても美味しかった。祖父は毎日のように畑に出向き、草取りをし、水遣りをし収穫した。日焼けした祖父の腕はとても逞しかった。
「いい?これはね、最高の贅沢なんだよ。」と母はよく言っていた。幼かったゆうきには、母の心意がわからなかった。
 ゆうきが母の言葉の意味を理解したのは、結婚して実家を離れてから。生まれて初めて、スーパーで買ったきゅうりを口にした時だ。まずいとは思わなかったがきゅうり独特の風味を感じることは出来なかった。祖父のきゅうりがたまらなく恋しくなった。祖父が単なる趣味で畑に通っていたわけではないことを痛感した。ゆうきはずっと贅沢の意味を履き違えていた。
 買い物帰りにきゅうり畑が目に入った。
祖父のきゅうりは、ゆうきの中で、永遠に夏の風物詩だ。
 

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2009年7月13日

貴び。

Photo  以前は、よく見かけたのに最近は、ほとんど見かけなくなったものってたくさんある。
 この花もその一つだ。ムラサキツユクサ。ゆうきが子供の頃は、たくさん自生していた。近所の公園で、川辺で、学校の校庭の片隅で。
 大人になってからは、見かけることがなかった露草を先日、偶然、見つけることが出来た。旧友に再開したような感動を覚えた。花弁を絞って色水を作って遊んだ日々が甦った。指先からこぼれ出る紫色の露は、絵の具では絶対に出すことが出来ない透明感があり、幼心にもとても高貴な色に思えた。
 あの頃の思いを一緒にいた娘に教えたくて、あの色をもう一度、この目で見てみたくて手を伸ばしかけたがやめた。数十年ぶりに見るこの花がとても希少価値に感じたから。たった数輪しか咲いていない花を摘んでしまうのは、あまりにも忍びなかったから。
 ”紫露草”漢字に変換するとこんなにも美しい言葉となる。花言葉は貴び(たっとび)。開発が進む周辺の風景において、忘れて欲しくない貴ぶべき存在だとゆうきは思った。

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2009年7月11日

プレゼント

Photo  通勤途中の夫から突然、電話が入った。事故?慌てて通話ボタンを押した。
「虹が出ているよ。でっかい虹が出てる。そっちからも見えるかな?」
 興奮した声が耳に飛び込んできた。とりあえず気を付ける様に言って電話を切った。
 ちなみに夫の職場は、山の向こう。毎日、40分をかけて通っている。運命の神様はそこまで優しくはない?とりあえず、外に出てはみたが、やはり見えない。
  数分後、職場に着いた夫から再度電話がきた。
「見えた?」
「ううん。」
「そっか、やっぱり、無理だったか。」
夫は、ゆうき以上に落胆した。
 気を取り直して、朝の家事を再開しようとしたゆうきの元に、今度はメールが届いた。
夫からだ。会社の建物に入る直前に送ってくれたらしい。メールを開いた瞬間、ゆうきの心にも虹が掛かった。消える直前ではあったけれど、本文はなかったけれど、夫の思いが十分に伝わってきた。今日は、誕生日でも結婚記念日でもないけれど、とっても、とっても、素敵なプレゼントを貰った。

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2009年7月 8日

灯り。

Photo  デジカメを片手に、雨上がりの公園を散歩した。土日には、多くの家族連れで賑わうここも、ウイークデーの今日は、人影がほとんどなく、ひっそりとしていてどこか寂しげだった。散歩道をぶらぶらしたり、池の鯉を眺めたり、デジカメでバッタを捕らえようとしたりして過ごしたがなんだか物足りない。草刈が行われた直後らしくこれといって珍しいものは見当たらなかった。今日の収穫はゼロ?と諦めかけた時、オレンジ色の光が目に飛び込んだ。慌てて近づくと笹薮にオニユリが一輪だけ咲いていた。
「わぁ~!」
思わず、言葉にならない歓声をあげた。長いトンネルでようやく出口が見えてきたときのようなほのかな安心感が広がった。うっそうとした公園にたった一輪だけ。まるで、街灯のように辺りを明るくしていた。
 オニユリは予想以上に、ゆうきの心に根付いて、瞳を閉じても目に浮かんでくる。どんな花言葉を持つのだろう。早速、ネットで検索してみた。”華麗”、”陽気”、富と誇り。綺麗な言葉にホッとした。

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2009年7月 6日

幻想的な・・・。

Photo ここを来るのは、何度目だろう。特に理由はないけれど、まるで、何かに引き寄せられるかの様に、無性に来たくなる時がある。
 いくどとなく、訪れてはいるが、ここで霧雨を体験するのは初めてだ。眼下に広がっているはずの町並みも、遠くの山々もすべて霧の中。有名な某湖だけが霞んで見える。夫は少し残念そうな顔をしていたが神秘的な情景に圧巻されて車の外へ出た。晴れた日には、気付けなかった、ウグイスとカッコウのさえずりが耳に飛び込んできた。名も知らない紫色の美しい花を見つけた。緑の香りをいつもより強く感じた。人にとっては、時に迷惑な霧も小動物や草花にとっては、必要なものであることがわかった。
 「幻想的な風景だね。霧が晴れていくみたいに、世の中の未来も見通せるようになるといいな。」後部座席で寝ていたはずの娘が突然、囁いた。
 神秘さは、平凡な少女を詩人にするのかな。

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2009年7月 4日

フェスティバル

Photo  某観光名所で開催されているハーブフェスティバルに行ってきた。ネットで調べるまで知らなかったが、今年で18回を数えるそうだ。ちなみに、ゆうきが訪れるのは15回目。最初の1~2回は夫と二人で、3回目以降は娘と3人で。疲れた体に鞭打って、渋滞にもめげずに毎年、参加してきた。
 湖の辺に咲き誇るラベンダーは繊細ながらも目に鮮やかで、小鳥の囀りは心地好く耳に響き、ハーブ特有の香りが鼻腔をくすぐる。ずっとここに居られたらなと毎年、思う。ゆうきは、芸術家ではないし、絵心もないけれど、無性に絵筆を持ちたくなる。
おそらく、訪れる人々は皆、同じ思いを抱くのであろう。誰もがこの情景を目に心に焼き付けようと躍起になる。
 ラベンダーには、人を引き付ける魔力があるのだろうか。ゆうき家と同じように毎年、訪れるリピーターも多いそうだ。魔力に魅了されたゆうきは、今もちょっと興奮している。

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2009年7月 1日

魅力ある人。

Photo デジカメを購入して、一年と少し。ゆうきのパソコンのマイピクチャは、たくさんのコレクションでいっぱいだ。数々の写真たちの中で桜に続いて多いのが紫陽花の写真。この季節、散歩道で、気まぐれに立ち寄った公園で、なんとなく通り過ぎようとした民家の庭先で、観光地でと、とにかく心引かれる。こんなに鮮やかなのに、凄く大好きなのに、紫陽花の花言葉は、”移り気”。花の色が次々と変化することから来たらしいのだが、どうも納得がいかない。何故なら、花の色が変るのは、移り気なのではなく、この花が持つより美しくなろうとする力強い意志のように思えるからだ。植物だけではなく、人でもより良くなるために、自身を高めるために努力を怠らない人は、魅力的だ。強い憧れを感じる。
 紫陽花には、”元気な女性”という花言葉もあるそうな。これの方がしっくり来る気がする。うっとうしくも思える梅雨の時期、変化の中にある底力に今日も魅了されている。

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