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2009年9月

2009年9月30日

駆け足で

Photo  一年が過ぎるのは早い。日がどんどん短くなっていくこの時期、実感する。明日からは、もう十月だ。
 秋風が吹く近所の公園を少しぶらぶらしてみた。松林がメインとなっているここは、空気が澄んでいて野鳥も多く、天気があまりよくない日でも気持ちが良い。日頃の疲れを癒すには、もってこいの場所だ。
 時折、深呼吸をしながらのんびりと歩いていると懐かしいものが目に留まった。松ぼっくり。ゆうきにとって思い出深い秋の風物詩だ。
 小学校の時(三年生か四年生ぐらい)、秋の遠足で訪れた観光地。目に入るもの耳に入るもの全てが新鮮で珍しくて凄く興奮していた。今のこの思いをゆうきなりの方法で残したくて、足元に落ちていた松ぼっくりをこっそり拾ってリックの底に忍ばせた。松ぼっくりはその後、学習机の引き出しを開ける度にゆうきを楽しませてくれた。
 ゆうきは、どうして今日、小学校の時のことを思い出したのだろう。頬を掠める秋風が遠い日の思い出へとゆうきを誘ったのかな。

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2009年9月28日

蕎麦畑で

Photo  「あっ、ねえ、あの花って何の花?」
助手席からゆうきは叫んだ。りんごの木の近くの風景だ。
「う~ん?あれはな、蕎麦の花だよ。」
ゆうきの突然のリアクションには慣れっこの夫はのんびりと答えてくれた。
「そっ、蕎麦の花?本当に?」
びっくりしすぎてそれ以上の言葉が出てこない。うっとりモードに突入してしまったゆうきのために、夫は静かに車を脇に寄せた。
白い小さな可憐な花が秋の風に身を任せている。今まで、特に何も感じることなく口にしていたお蕎麦。お蕎麦になる前は、実を付ける前は、こんなにも美しい花を咲かせていたんだ。自然の流れ、成り行きにジーンとした。こんなにも美しい花を今まで知らなかった、知ろうともしなかった、ゆうきの胸はこの花に対する申し訳なさでいっぱいになった。
 数日が経過した今でも、蕎麦畑の光景は目に心に焼き付いている。今度、お蕎麦を頂く時はこの光景を思い浮かべてみようと思う。

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2009年9月26日

避暑地で

Photo  秋晴れの空の下をドライブしてきた。日差しには、まだ残暑の名残があるが、時折吹く風はとてもさわやかで心地好い。のんびりと車を走らせていると、あるものが、ゆうきの目に留まった。りんごの木だ。見るのは何年ぶりだろう。嬉しくなって、車を止めてもらった。外に出た瞬間、りんご特有の甘い香りがゆうきを包み込む。改めて秋を感じた。赤く色づき始めたりんごと深緑の葉、青い空が絶妙な雰囲気を醸し出していて、まるで一枚の絵のようだ。今、ゆうき自身がここに存在していることを不思議に感じた。幼い頃、描いたことがある風景だ。八百屋さんでりんごを見かけるたびに見たことがないりんごの木に思いを馳せていた。りんごの木は、ずっとずっとゆうきの憧れだった。幼い頃、恋焦がれた光景が今まさに目の前にあることと、歓声を上げながらデジカメのシャッターを切るゆうきを優しく見守る人の存在にこの上ない幸せを感じた。

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2009年9月23日

懐かしい~。

Photo_2  以前はよく見かけたのに、最近はほとんど見かけなくなってしまった丸型の郵便ポスト。いつか写真に撮りたいと思ってずっと探していた。ゆうきが住む町角で、夫の故郷で、ふと立ち寄った田舎町で・・・。先日、とある歴史民族博物館でようやく念願が叶った。
 ゆうきが郵便ポストへ足しげく通っていたのは、もう30年も昔。当時、ゆうきにはペンフレンド(死語?)がいて、月に3~4回の割合で手紙のやり取りをしていた。顔も知らない、どんな声をしているのも知らない子と文字と文字、文章と文章のの交流をする。一度も会ったことがないのに大切な友達。小学生だったゆうきはそのことが嬉しくてたまらなかった。毎回毎回、辞書と首っ引きで何時間も書けて手紙を書いた。少しでも字をうまく見せようと、姿勢を正し鉛筆の持ち方を研究した。やがて書きあがった手紙を両手で包み込むように大事に持ち、ポストへと運んだ。どうしてなのかは覚えていないが、近所にある近代的な四角いポストではなく、家から数キロも離れたタバコ屋さんの軒先においてある丸型の郵便ポストまで。背伸びして手紙を投函するときドキドキした。手紙がポストの中に落ちた瞬間、数百キロも離れた場所にすむ友達と繋がった気がした。遠い昔、まだこのポストが町の風景に溶け込んでいた頃の話だ。
 何年かぶりかで、丸型ポストに再開した時、たまらなく懐かしくなった。あの子に手紙を出してみたい・・・心から思った。

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2009年9月21日

眩しさ

Photo  シルバーウィーク中日(なかび)の今日、娘を誘って近くの公園を散歩してきた。
 ここは、娘が小さい頃は、毎週のように遊びに来ていた公園だがいつの頃からか足が遠のいていた。訪れるのは何年ぶりだろう。芝生広場に松林、散歩道の脇を流れる小川、あの頃と変っていない佇まいにホッとした。
 車を降りて、早速娘と二人、散策を始める。特に目的を定めずに思うがままにぶらぶらと。頬をなでる秋風が心地好い。小川のせせらぎが耳に優しく響く。連休に入ってからなんとなく沈んでいた娘がいつの間にか瞳の輝きを取り戻していた。
「小さい頃は、ただの広い場所だと思っていただけだけれど、意外と見どころあるじゃん。」声を弾ませる。どうやらゆうきの思いは娘に伝わっていたようだ。
 一時間ほど歩いて芝生広場に出た。オレンジ色の光がゆうき親子を出迎えた。”キバナコスモス”だ。曇り空のためか目に眩しい。心に明るい太陽の日差しが差し込んだ。こんな風に親子の時間を大切にしたい、心から思った

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2009年9月19日

漁港にて

Photo  とある漁港風景。時に二人で時には三人で、ここを訪れ、ぼんやりと漁船が行き交う様子を眺めて時を過ごす。(写真は今月16日に撮影。)
 シルバーウィーク初日の今日、インターネットでこの漁港のことを調べてみた。
 ここはシラス漁で有名。シラス漁は春漁と秋漁のシーズンで行われる。鮮度が重要視されるシラスは一日に三回もの水揚げが行われる。日頃、何気なく口にしているシラスのルーツ、猟師さんたちの思いを知りちょっと感慨深くなった。”板子一枚下は地獄”の例え通り、常に危険と隣り合わせにある漁師さんの苦労は語りつくせぬ部分もあるのだろう。
 お昼ご飯に、ここの漁港で水揚げされた釜揚げシラスを食べた。身が白くプリプリしていて潮の香りがした。ゆうきは命を頂いて生きているということを改めて実感した。小さな身一匹たりとも無駄に出来ないと思った。今まで、ただぼんやりと眺めているだけだった風景がたまらなく愛おしくなった。
 

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2009年9月16日

あ~!

Photo  「あ~!いた。」
ちょっと遠出の買い物帰り、夫が突然叫んだ。助手席でぼんやりしていたゆうきと後部座席で居眠りをしていた娘(学園祭の振り替え休日のためお休み。)は驚いた。
「鹿だよ!鹿!」
「えっ、どこ?」
慌てて夫が指差す方向を見る。林の中のつぶらな瞳とゆうきの目が合った。小鹿なのだろうか。ゆうきがこれまで何度か見てきた鹿と比べるとずいぶんと体が小さい。ゆうき一家が乗った車を不思議そうに見つめている。思わぬ光景に言葉が出てこない。夫がそーっと、そーっと車をバックさせた。するとその音に怯えたのか、鹿は瞬く間に林の奥へと駆け抜けていった。(車の窓を開ける間もなくシャッターを切ったので映像がわかりづらくてごめんなさい。)一瞬ともいえるこの出来事は、どんなドキュメンタリーやドラマよりも新鮮で感動的だった。鹿の姿が見えなくなってもしばらくその場から離れることが出来なかった。
「あの、鹿さん、パパやママのところへ帰れたかな。」
車が走り出してしばらくしてから娘が囁いた。初めて野生の鹿を見た娘は、夫やゆうき以上に感激も一入だったのだろう声が震えていた。
 

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2009年9月14日

親の思い

Photo  前日の雨も明け方には止み、さわやかな秋晴れとなった昨日、娘の体育祭に行ってきた。
 ゆうきに似てあまり運動が得意ではない娘は、2学期が始まってからずっと沈んでいた。「ちょっとでも元気を出して欲しい、がんばって欲しい・・・・・。」ゆうきが親として出来るのはただ一つ。お弁当作り。いつも以上に思いを込めた。
 8時過ぎに中学校のグランドへ。胸の底からわきあがってくるようなワクワク感、ドキドキ感は、親となった今も変らない。
 開会式が終わり、いよいよ競技開始。知らず知らずのうちに力が入ってしまう。”がんばれ〇〇”ずっと声援を送り続けた。
 午後一で、全校女子によるマスゲーム(写真)が行われた。勉強が出来る子も出来ない子も、真面目な子もちょっと突っ張った子もみんなボンボンを手に踊っている。練習期間はそれほど長くはなかったのに・・・一糸乱れる演技に心からの拍手を送った。
 体育祭も終盤となり、体育祭のメイン競技であるリレーが行われた。娘がずっと気に病んでいた競技だ。手に汗を握る思いで、走者がよく見える位置へ移動した。ピストルの合図でスタート。娘のクラスはビリ・・・。その後、盛り返すことはなくそのまま娘の手にバトンが渡った。必死の形相で走る娘、何か声をかけながら一緒に走ってくれている担任、娘の次の走者はバトンゾーンの一番手前で待っていてくれた。そのシーンはドラマさながらで、ゆうきはデジカメのシャッターを押すことを忘れていた。結果はやはりビリ・・・・・。でも、娘クラスの子達一人一人が一生懸命で他のクラスメイトを思いやっていることがヒシヒシと伝わって来て凄く感動した。ゆうきの心は熱いものでいっぱになった。
 夕方、帰宅した娘の表情はこの日の空のように晴れやかだった。「うちのクラスが一番だったよ。リレーではビリだったけれど団結力と友情は一番だよ。」と夫とゆうきに報告した。娘はお金では絶対に買えないものを今回の体育祭で得た。親が知らないところでも子は成長する・・・・・強く実感した。

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2009年9月12日

葡萄

Photo  ゆうきが”葡萄”という漢字を読めるようになったのは、中二の時。学習係で職員室に出向いた時に当時の理科を担当していた教師に教わった。授業で習わない漢字の読みを覚えられたことが純粋に嬉しかった。それまであまり会話を交わしたことがなかったその先生に尊敬の念を抱いた。
 ”葡萄”、ゆうきには、高貴すぎたのだろうか、その後、忘れることはなかったが使うこともほとんどなかった。文字そのものに憧れを感じるが、ゆうきの身近にある”ぶどう”と葡萄の漢字は合わないような気がした。ゆうきが幼い頃から食べてきたぶどうは、やはり、ひらがなの方が似合う気がした。
 そんなゆうきが大人になって初めて、ピオーネに出会った。高級感のある甘酸っぱさが口いっぱいに広がった時、これは、ぶどうではなく葡萄だと感じた。ゆうきの中でピオーネは果物の王様になった。
 今日、買い物帰りの道すがら、偶然、たわわに実るピオーネを目にした。葡萄という漢字を覚えて歓んでいたあの頃を思い出して、ちょっとだけウルウルした。

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2009年9月 9日

噴水ショー

Photo  とっても素敵なショーを体感した。ここは、ゆうきの地元に程近い某観光名所にある”オルゴールの森”。開館10周年記念の今日、久しぶりに訪れた。
 足を踏み入れた瞬間、そこはもう、別世界。異国情緒たっぷりの建物が立ち並ぶ。絵本の世界に迷い込んだような気分が味わえる。見慣れたはずのコスモスまで、外のものとは違って見えるから不思議だ。
 しばらく園内を散策していると「2時から中庭の噴水でショーが見られる。」との情報が。見逃したくない、早速駆けつけた。ワクワク、ドキドキ、まるで子供のようだ。
 2時になると同時に、からくり時計から、制服をまとった士官の人形が鐘を打ち鳴らしながら表れた。人形の指揮で音楽が始まる。曲目は”トルコ行進曲”。曲に合わせて目の前の噴水が踊った。見事な眺めに、「ほぉー!」「わ~!」という言葉にならない歓声があちらからもこちらからもあがった。童心に返ったのは、ゆうきだけではなかったようだ。からくり時計なんて・・・なんとなく気恥ずかしくて娘が大きくなってからは素通りしてきたけれど今日は素直に感動できた。たった3分間のショーだったけれど、もの凄く有意義に感じた。

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2009年9月 7日

理想の・・・

Photo  一昨日、にドライブに出かけた際、夫にせがんで、少しだけ、海に立ち寄ってもらった。
 土曜日とはいえもう9月、寂れた海岸を予想していた。ちょっとだけ、潮騒を体感できればいいかなと思っていた。
 駐車場に車を止め、早速、海辺へ。
「わ~、凄い~。」
海を目にした途端、三人が三人とも笑顔になった。ゆうきの予想に反した美しい風景がそこには広がっていた。海岸には、ゴミ一つ落ちていない。光り輝く海面には船が浮かんでいた。遠い遠い昔にゆうきが思い描いた理想の風景そのものだ。湯船におもちゃの船を浮かべて、童謡”海”を歌っては、まだ見たことのない海に思いをはせていた三十数年前を思い出した。ここは、ゆうきの故郷ではないのに、何故か懐かしさで胸がいっぱいになった。ジーンとしすぎて?デジカメのシャッターを押すのも忘れてしまっていた。(この写真は夫が撮影。)横を見ると娘が。スケッチブックを持ってこなかったことをしきりに悔しがっている。明るい午後の日差しに照らされた海が眩しい、優しい潮騒とゆうきの目の前ではしゃぐ二歳ぐらいの男の子の声が耳に、心に沁みる。ずっとずっと忘れずにいたい。ゆうきはそっと目を閉じた。

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2009年9月 5日

大切な思い

Photo   9月2日のブログ、”thank you”には、たくさんのお祝いコメントを頂きました。皆さんと出会えた歓びをしみじみと噛み締めています。本当に、本当にありがとうございました。
 9月3日、いつもと通りのようでいて特別な一日だったように思う。朝、家事を済ませ、娘を送り出し、夫とちょっとドライブをした。誕生日だというだけで、いつもの風景がちょっと違って見えるのが不思議だった。唄の歌詞じゃないけれど、ゆうきは、生まれて最初の朝、何を感じたのだろうって想像しておかしくなった。
 夕食の後、家族でバースディーケーキを囲んだ。ちょっと照れなから蝋燭の炎を吹き消すゆうきを四つの瞳が見守ってくれた。豪華ではないけれど贅沢な、ささやかではあるけれど揺ぎ無い幸せだと思った。この四つの瞳の輝きをずっと維持させていこう、ゆうきは、心に誓った。

夫からのプレゼントは、ナイキのシューズとジーンズ、娘からは、コスモスの絵(学園祭の準備等で忙しいため只今、製作中・・・・・出来上がりが凄く楽しみ。)大切にします。
 

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2009年9月 2日

thank you

Photo  ゆうきは、この世に生まれてから今日まで、何人の人と出会いかかわってきたのだろう・・・・・。誕生日を目前に今、考えている。
 ゆうきを生んでくれた両親、祖父母、弟、叔父叔母、従妹・・・・学校の先生、同級生に先輩後輩、会社の上司に同僚・・・・・数え切れない。
 出会いって不思議だ。たった一度の出会いが人生を変えてしまうこともある。一つの出会いが次の出会いへと繋がりそこからまた次へと・・・日々繰り返される。出会いを歓びに変えるのも後悔に変えるのもすべて自分次第・・・。ゆうきはそんな風に思いたい。もちろん、ゆうきも普通の人間だから、”嫌い”、”憎”といった負の感情を人に対して抱いたことはある。でも、その相手もゆうきという一人の人格を形成する上で深く貢献してきたことは間違いないだろう。もし、その相手との出会いがなかったらゆうきは、別の人格になっていただろうし、虹のメールを送信してくれる夫と出会えなかったかもしれない。鼻の頭に汗を掻きながらゆうきの分まで四つ葉のクローバーを探してくれる娘も生まれてこなかったかもしれない。出会いってやっぱり不思議だ。嫌いなあの人と愛おしいあの人とをも繋げてしまうのだから。あの人と会って今のゆうきがある。つらいことも経験したからこそ今の幸せがある。ずっと負だと思っていた出会いにも感謝すべきなのかもしれない。ゆうきは今こうして生きているのだから。ご飯を美味しいと思えるのだから。早く帰ってこないかなと思える家族がいるのだから。
 今まで、出会ったすべての人にありがとう!web上で出会えた皆さんににありがとう!これから出会うであろう方々にもありがとう!ゆうきは明日、41歳のバースデーを迎える。

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