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2009年11月

2009年11月30日

冬の公園

Photo 季節は、もうすっかり冬。風は肌を突き刺す様な冷たさだ。
 空模様がはっきりしなかった昨日の午後、ほんの少しだけ自宅の周りを歩いてみた。特に目的地を定めるわけではなく、ゆっくりのんびりと。家族3人であるいあは、夫や娘のどちらかと二人でワイワイ歩く散歩は楽しいが、たまには、一人でぶらぶらと歩くのも良いと思う。一人だからこそ見えてくるものも多々ある。
 写真はゆうきの自宅と目と鼻の先にある公園の桜並木。桜と言うと花が開く時期にばかり注目が集まりがちだが、ゆうきは、こんな風にすっかり葉を落とし裸木の状態の桜も好きだ。花や葉をつけているときには、わからなかった木が持つ表情が見えてくるから。当たり前のことだが、同じ公園にある桜の木でも、一つとして同じものはない。どの木もそれぞれの顔があり個性もある。裸木を見ているとそのことを改めて実感させられる。今は冬枯れた木のように見えるけれど、人間の目には見えないけれど、幹の中では春を迎える準備が着々と進んでいるんだろうな。ちょっと物悲しいけれど、それぞれの美しさを持つ冬のアートたち。また、会いに行こうと思う。

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2009年11月28日

誠実な

Photo 黄昏時、ショッピングセンターの駐車場で見かけたビオラ。可愛らしくて健気な姿に、夕方の気ぜわしさも忘れて、気持ちがほんのりとした。そろそろ夕食の支度に取り掛からねばならない時間帯、花壇に目を向ける人は、ほとんどいない。が、それに臆することなく堂々と咲いている。ゆうきは今まで、自生する花ばかりを多くブログに取り上げて、その姿を讃えてきたけれど、人が種や苗から育てる草花だってがんばっていることには変わりないよね。いくら暖冬傾向にあるとはいえ、霜が降りる朝もあるし、冷たい雨が降る日もある。ほとんど一日中、深い霧が立ち込めて日差しがない日だってある。早朝の気温は氷点下だ。自生する草花と同じように人の手を借りて大きくなった草花も、みんなそれらに耐えているのだから。
 自家栽培のお花は、「綺麗になれ、美しくなれ、」って毎日、声をかけるとより美しく咲くそうな。きっとこのビオラを育てた人は、そのことを知っていたんだろうな。ビオラ 英国が原産の1年草。花言葉は”誠実”。育てた人の思いに応えている姿にぴったりな言葉だと思う。

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2009年11月25日

原動力

Photo_2  午後3時半。ゆうきは、キッチンに立つ。娘に出来るだけ、作りたてのおやつを食べさせてあげるため。オーブンや火を使うことで家の中を温めるため。灯りを灯し学校から帰って来る娘をホッとさせるため。
午後5時近くなって玄関のチャイムが鳴る。
「ただいま~。わ~甘い匂いがする~。今日のおやつは何?」
「お帰り~。今日はね、マフィンだよ。」
「わ~い!」
午後の至福のひと時だ。
 マフィンは、娘が一番のお気に入りのお菓子。最初は本の通りのレシピで作っていたが、徐々にバターを減らし、砂糖を減らし、牛乳を多めに入れてとゆうき独自の味(自己流とも言う。)が作られつつある。正直言ってめんどくさいと思うこともあるけれど、疲れている時もあるけれど、バタバタと忙しい時もあるけれど、おやつは出来る限り手作りを心がけている。がんばって欲しい、元気でいて欲しい。壁にぶち当たった時も逃げないで欲しいとの思いを込めて。どんなに可愛いと思っても、どんなに大切だと思っていても、親が子供にしてやれることって限られている。変りにテストを受けてやることは出来ないし、かかってしまった風邪を引き受けることも出来ない・・・・・。最後の最後は自分自身だ。
 ゆうきが作るおやつが娘の原動力となってくれたらと心から思う。手作りのお菓子は、ゆうきが娘に贈る声援だ。

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2009年11月23日

一周年

Photo  ブログを始めて今日で一年。なんだか信じられないな。自分の今の思いを文章として残したくて始めたブログだけれど、正直言ってこんなに続くとは思わなかった・・・・・・。
 思えば、学生時代のゆうきは、暇さえあれば何かを綴っていた・・・・・・。お気に入りのノートに、広告の裏に、問題集の隅っこに。内容はその時の気分次第で日記風の文章だったり、詩のようなものだったり、爆発寸前の憤りだったり、恋文の下書きをしたこともある・・・・・・。自分の思いを誰かに知ってほしいような誰にも知られたくないような・・・・・すごく複雑だった・・・・・。社会人になると何かを綴ることをほとんどしなくなった。仕事が忙しいことをいい訳に、保管場所がないのをいい訳に。あの頃の私は、自身の心に背を向けていたのかも知れない。でも、本音では、今のこの思いを残せたらとずっと思っていた。
 あの頃の願いが今叶っている。インターネットってすごい。あふれる思いを綴りそれを公開できてしまうのだから。保管も出来てしまうだから。ブログって不思議だ。顔も名前も知らない誰かと誰かを繋げてしまうのだから・・・・・・・。ブログを始められたことを、ブログを通じて多くの人と知り合えたことを心から幸せに思う。これからも、自身の思いをマイペースにかつリアルタイムに綴っていきたい。何十年後かの自分自身のために。
 インターネットを考えてくれた人ありがとう!ブログを管理する会社の人ありがとう!ゆうきのつたない文章を読んでくれる人ありがとう!いつもコメントをくれるあなたにありがとう!インターネット上の人物”ゆうき”が存在するのはあなたたちのおかげです。

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2009年11月21日

霜月

Photo  ここ2~3日、寒い日が続いている。今年の11月はいつもの年より、小春日和の暖かい日が多かったためか、寒さが、よりいっそう身にしみる。昨日の朝は、霜が降りた。家々の屋根が、車が、がんばっている植物が、アスファルトがうっすらと白くなった・・・・・。
霜が降りた朝は、心なしか町並みが静かに感じるのは、ゆうきの気のせいかな。
 小学生の頃、白く染まった近所の家の屋根を見て、
「雪が降った~」
って大騒ぎしたっけ。霜が降りると何故かワクワクした。学校へ行く道すがら、氷が張った水溜りに歓声をあげた。わざわざ舗装されていない道路脇や何も植わっていない畑を歩いて霜柱の感触を楽しんだ。朝の光に照らされて虹色に輝く木の葉や小石が宝石ように思えた。霜が降りた朝は、いつもの通学路が驚きの宝庫となった・・・・・・。
 11月は陰暦で言うと”霜月”。その名の通り霜が降りると、ついつい霜柱を捜し求めてしまう・・・・・・。あのなんとも言えない感触を今一度味わいたい。懐かしくて愛おしい冬の音。
 

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2009年11月18日

晩秋の宝物

Photo  紅葉が終盤を迎える今の時期、地面はとても華やかだ。赤に黄色ベージュ・・・・・同じ赤でも、同じ黄色でも葉によって微妙に違う・・・・・・。色々な赤があって色々な黄色がある・・・・・・その種類ははかり知れないだろう・・・・・。落ち葉を踏む感触が大好きで、鼻をくすぐるような香りが大好きで、いけないとは思いつつも、この時期は、歩く時に、ついつい俯きかげんになってしまう。いつもいく公園で、懐かしい神社で、街路樹がある歩道でも。
 子供の頃、秘密基地に胸を躍らせていたあの頃、落ち葉を拾ってこっそり家に持ち帰り、それを手に取りじっくりと眺めることは、ゆうきの密かな楽しみだった。蛍光灯にかざしてみたり、匂いをかいだり、落ち葉を忠実に描こうとしたり・・・・・・・。落ち葉をテーマにした詩がいくつも出来上がった。たった一枚の落ち葉で何時間もの時間を楽しく過ごせた。何枚あるかわからないくらいたくさんの中から選んだ一枚の落ち葉は、ゆうきのワンシーズン限りの宝物だった。
 あれから、30年の時が経過した今、さすがに落ち葉を持ち帰ろうとは思わないが、それでも知らず知らずのうちにお気に入りの一枚を探してしまう・・・・・・・・・。こんなにたくさんあるのに、数え切れないほどのなのに、一枚として同じものはない・・・・・。自然の力は、やはり偉大だ。

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2009年11月16日

ごった煮

Photo おでん・・・・・毎年、木枯らし一号が吹く頃になると食べたくなる。
 おでんは、土鍋で煮て、それを家族みんなで囲むというのが一般的だと思うが、ゆうきの実家では、普通の大鍋で煮込む。結び昆布(そのまま具材となる。)で出しをとり時間をかけてぐつぐつと。おでん・・・・・ゆうきが生まれ育った地方ではごった煮と呼ぶ。若い頃は田舎くさく感じていたが、妻となり母となった今は、この言葉に優しい響きを感じる。
 子供の頃、
「今日は、ごった煮を煮るからね。」
と言われると、カレーの日以上にワクワクした。家中に香る昆布だしの匂いに反応して、お腹がグーグー鳴った。台所に響くぐつぐつという音にこの上のない幸せを感じた。ごった煮がきっかけで、大根が大好きになり、人参が食べられるようになった。
 あの頃の実家で味わった家庭の味を今、ゆうきは引き継いでいる。ちなみに、ゆうきが作るごった煮にレシピはない。作り続けて十数年経つが、調味料の分量を量ったことなんて一度もない。全て目分量だ。ゆえに、その日によって微妙に味が違う。おでんだねや大根の他に、普通の家庭ではおそらく入れないであろう牛蒡やジャガイモ、鶏肉が入ることもある。おでんと呼ぶより、ごった煮と呼んだほうがよさそうである。

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2009年11月14日

変らないで・・・

Photo  ここは、ゆうきが通っていた小学校に隣接する神社の境内。どうしてだろう・・・・・。数日ぐらい前から行ってみたいと思うようになり、雨が上がった今日の午後、夫と娘を伴って足を運んだ。
 この神社には、ゆうきにとって大切な場所だ・・・・・・。まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのように思い出が後から後からあふれ出来る。
 低学年の頃は、なんとなく怖いイメージがあって近づけなかった場所も、ランドセルが体に馴染む学年になると格好の遊び場へと変化を遂げた。いかに綺麗な木の葉を見つけられるかを競ったり、秘密基地を作ろうと試みたり、恋バナや怪談話に花を咲かせたり・・・・・・。自治会が定める正式なルートを無視して、必ず、わざわざ遠回りをしてこの神社に寄り道した。今の価値観から考えると少々危険だと思われる行為も、この場所なら、友達が一緒ならヘッチャラだった。この神社で日本の四季とはいかなるものかを学んだ。この神社でかけがえのない友情を体感した。ケンカをしたのもこの神社なら仲直りをしたのもこの神社だ。六年生の時の写生大会で、「好きな場所の景色を描いていい。」と教師から言われた時は、迷うことなく、今日この写真を撮った場所を選んだ・・・・・・・。
 池に掛かる橋も、その向こうにあるもみじも、夏場でも冷たい水が湧き出る鳥居近くの水呑場も、みんなみんなあの頃のまま。変らない風景に心底、ホッとした。願わくば、ゆうきがおばあちゃんになってもずっと変らないでいて欲しい・・・・・。愛おしい愛おしい風景よ。
 

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2009年11月11日

峠の茶屋

Photo  行きたい、行きたいと思ってはいても、近すぎるがゆえに、地元であるがゆえになかなか足を運べないでいる場所ってある。そんな風に漠然と抱いていた願いが、つい先日、ようやく叶った。
 日本情緒あるれるこの建物は、曲がりくねった険しい山道を登った先にある峠の茶屋だ。昭和9年開業。正式な名称は、”天下茶屋”。文豪 太宰治が39年と言う短い生涯のうちの約二ヶ月間を過ごした場所として知られている。この茶屋の二階には、彼が実際に使用した机や火鉢が今も残されていて、一般の人達に開放されている。ゆうき夫婦も二階へ上がってみた。昭和初期の日本の部屋・・・・・・・。足を踏み入れたのは、初めてなはずなのに不思議な懐かしさを感じた。ここが世に名を残した作家が存在した場所。ゆうきの胸は表現しがたい感慨でいっぱいになった。
 これは、後で知ったことだが、太宰治がここに滞在したのは、昭和13年の9月13日から11月15日までの期間。71年前のちょうど今頃だ。事前調べをしたわけではないのに、わざとこの期間をねらったわけでもないのに、時代は違えど彼と同じ場所で同じ季節を感じたことになる。これも何かの縁なのかも知れない。文豪 太宰治の作品を、今一度、紐解いてみようと思う。

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2009年11月 9日

朝の風景

Photo  夫が早朝出勤するようになって一年。低血圧のゆうきもだいぶ早起きに慣れた。
 毎朝5時起床。この時期、外はまだ真っ暗だ。星や月が出ていることもある。すばやく洗顔を済ませ、乾燥機の中の洗濯物をたたむ。朝食を摂る夫としばらく談笑をする。この頃になってようやく、東の空が明るくなってくる。一日の始まり朝焼けだ。この時間帯の空に惚れ込んだゆうきは、何か用事を見つけては外へ出る。ある朝はゴミ捨てを理由に、また、ある朝は彼の車のエンジンをかけにいくという名目で。朝焼けを、一人見つめることは、密かな楽しみでもある。耳に心地好い小鳥のさえずり、漂う落ち葉の香り、頬をさすような冷たい風。肉眼ではその姿を確認できない野鳥も、徐々に葉を落としつつある木々も、空も大地もみんなみんな生きている。人間は生きている限り、つらいこと、悲しいこと、悔しいと思うことは尽きない。でも、でも、この風景がある限り、美しいと感じられる限り乗越えられそうな気がする。

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2009年11月 7日

再会

Photo  ゆうきが観光地を訪れた時に密かに楽しみにしていることは、路地販売のお店を物色すること。道端で地元の人達が開いているお店には人の心を引き寄せる何かがある。売られている物は、その地域ならではの特産品だったり、季節の味覚だったり。木の実で作ったお人形を見かけたこともある。素朴ながらも雰囲気が温かくて、ついつい足を止めてしまう。
 この日、ゆうきが目を奪われたのは、大きなしいたけ。
「わ~!」
と歓声をあげると同時にしゃがみこんだ。
「バター焼きにすると美味しいよ。」
ゆうきの母親と同じぐらいの世代の女性が笑顔で応対してくれた。
「じゃあ、これください!」
彼女につられてゆうきも笑顔になっていた。気持ちがほんのりとした。
 早速、夕食に、このしいたけをいただいた。プリプリした歯ごたえとしいたけ特有の香りを十分に堪能した。ずっとずっと前に食べたしいたけに似ていた。(30年以上前、ゆうきの実家にはしいたけの原木があった。)心の奥底にしまいこんで忘れかけていた味覚との再会を果たした・・・・・。
 

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2009年11月 4日

奇跡との出会い

Photo  晩秋の昇仙峡は、”覚円峰”の他にも見どころがいっぱいだ。秋の色が濃い滝つぼ(滝にも季節感があることをここに来るようになって改めて実感した。)、清流の辺に咲く秋の草花、秋の味覚を販売する露店等・・・・・・。何しろ、歩く地面からして色彩鮮やかなのだから。しかし、この時期は、誰がなんと言っても紅葉だ。毎年のように訪れるのは、ゆうき一家だけではないのだろう。「去年来た時は・・・・・」と話す人達がたくさんいる。マスコミ関係者と思われる人々を見かけることもある。この景色を土産にしたいと思うのだろう・・・・・みんなが立ち止まってカメラを構える。ゆうきも何枚も何枚も撮影した。いろんなアングルを図るために、しゃがんだり見上げたりしながら。美しい・・・・。人は綺麗な景色を見た時に、それを写真に撮ったり、絵として残したり、感じたことを言葉にしたり文章にしたりは出来るけれど、木の葉をこんなにも素晴らしくに染め上げることは出来ない・・・・・・。雨って凄い、風って凄い、お日様の光って凄い。自然の偉大さを思い知った。
 デジカメで撮った写真を夫や娘と確認して微笑んだ。紅葉が一番綺麗な一瞬に居合わせたように思えた。奇跡との出会いに胸が熱くなった。

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2009年11月 2日

魅了されて

Photo  観光名所、昇仙峡に行ってきた。奇岩奇石と清流が織り成す美しさに魅了され続けているゆうき一家は毎年のように訪れる。交通の便があまりよくない山奥だがリピーターは多い。日曜日と好天が重なった昨日は、かなりの人出だった。東京近郊をはじめ、東北方面、関西方面、札幌ナンバーの車まであった。ここがいかに有名であるか駐車場にいる時から実感した。
 落ち葉の絨毯を歩くこと十数分、昇仙峡の一番の見せ場(ゆうきが勝手に決めている。)である覚円峰(写真左側の岩)が見られる場所に到着した。その場に居合わせた人達みんながみんな、景観に惚れ惚れしていることがヒシヒシと伝わってくる。それぞれのデジカメで携帯で本格的なカメラで一心に撮影していた。関西弁に東北弁、何処の地方の言葉なのかよくわからない方言、行き交うお国言葉は様々だが抱く思いは皆一緒。美しい・・・・・・。知らず知らずのうちに視界がぼやけた。この場にぴったりな言葉がなかなか見つからなかった・・・・・・・。

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