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2010年6月

2010年6月30日

自由

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 何気なく空を見上げたら鳥が目に飛び込んできた。トンビかな?気が付くとシャッターを切っていた。

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 あっ、近づいてきた! もう一枚。

 折に触れて空を見上げていることは、以前にも記した。 今日、何気なく空を見上げたら鳥が目に飛び込んできた。「あっ!」 と声を上げるよりも先に人差し指が動いた。特にアングルを図るでもなく、息を潜めるでもなく、そのままシャッターを切った。デジカメを持ち歩くようになってから一年ちょっと。空の写真を何枚も何枚も撮ってきたが、大空高く飛ぶ鳥を激写出来たのは初めてだ。

 トンビは雀ほど身近ではないが、空を飛ぶ鳥として幼い頃から強い憧れを抱いてきた。空を見上げてトンビが飛んでいると
「いいな~、気持ち良さそうなだな~、私もあんなふうに飛べたらな~」
と飽きることなく目で追った。小学校4年生の頃、音楽の時間、トンビが出てくる歌(具体的なタイトルは忘れた。)を習うと空を飛ぶ鳥への憧れはよりいっそう強くなり、中学生で”翼を下さい”を合唱した時は、大空高くどこまでも飛んでいけたらと本気で思った。空の向こうには悲しみのない自由な世界があるって信じたかった・・・・・。

 悲しみのない自由な世界が実は人間が思い描いた幻でしかないことがわかったのは、自分が親になってからだ。大空を羽ばたく鳥だって、番(つがい)となり卵を産みやがて孵った雛を育てる。子を愛しむ心がある以上、悲しみを感じる能力だってあるだろう。ただそれが人間には見えないというだけで・・・・・・。環境汚染や異常気象は自然に暮らす生き物たちにこそモロに降りかかる。子育ての環境は人間以上に厳しいに違いない。

 この写真を撮ってしばらくすると、雨が強く降りだして来た。いつになく強い降りだった。夕方になり、雨は止んだが、じっとしていても汗が滲んでくるほど蒸し暑い。今日、デジカメに収まったあのトンビは今頃、どうしているのだろう・・・・・。今夜は大気の状態も不安定なままとの事だ。無事でどうか無事でいて欲しい・・・・・・・。

 

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2010年6月28日

親の思い

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おやつにはチョコチップクッキー 

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 夕食に豚汁

 ただいま、娘の期末試験期間中。毎度の事ながらと言うか試験のたびにゆうきは言葉に言い表せない焦燥感に駆られる。試験・・・・・頑張るのは娘であってゆうきではない。わかってはいるのだが・・・・・・・。鉛筆はちゃんと削ってあるか、消しゴムを忘れていっていないか、定規やコンパスはあるか・・・・・・・・。キリがない。ついこの間、小学校に入学したような気がするのにあっという間に中三、”受験”の二文字が目の前に迫ってきている。今回の試験は進路に大きく影響する。果たしてどうなるのか・・・・・・。今日は娘が帰って来るまで生きた心地がしなかった。娘の顔を見た瞬間、力が抜けた・・・・・・・。ゆうきは、あと何回、こんな思いを乗越えるのだろう・・・・・・・・。高校入試を無事に乗り切ったとしても大学及び専門学校の入試がある。国家試験だって受けるかもしれない、どんな道に進むとしても就職試験だけは避けて通れない・・・・・・。世の親たちは我が子の、ここ一番と、どう向き合いどう乗越えてきたのだろう(乗越えていくのだろう)。・・・・・・。みんな、価値観は違えど、立場は違えど、最終的には試験を受ける本人次第と言うことは共通している。定期試験一つで泣き笑いの心境のゆうきは、高校入試の朝、どんな顔をして娘を送り出すのだろう・・・・・・・。

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試験当日の朝はねぎ味噌。

娘の試験期間中は、知らず知らずのうちにキッチンにたつ時間が長くなる。チョコチップクッキーも豚汁もねぎ味噌も娘のリクエストだ。彼女なりの験担ぎ(げんかつぎ)があるのだろうか、ここ三回ほど、試験と言うと同じものを作っているような気がする。娘のためなら、娘が実力発揮出来るなら、自身の夢をか叶えられるなら、ゆうきは、験だって剣だって担ぐ。藁とは言わず、ミクロの可能性にだってすがってしまいそうだ・・・・・。親の思いは果てしない。

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2010年6月26日

撮れた~。

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 「あっ、今だ!」
叫びそうになって慌てて口を押さえた。相手を驚かせてしまっては元も子もない。とにかくそーっと、そーっと・・・・・・・。この上なく慎重に音を立てないように且つ目を離さず、ゆうきはバックからデジカメを取り出し構えた。こんなチャンスはめったにない。もっとちゃんとアングルを図りたいところだが、なにしろ相手は生きている雀、ぐずぐずしていたら逃げてしまう。雀は、さっきから木の葉に見え隠れしている。撮れそうでなかなか撮れない・・・・・・。何度も何度も失敗した。焦りすぎてはいけない。あっ、また、出てきた。
「よし、今度こそ!」
心の中で再び叫び、シャッターを切った。 

果たして撮れているであろうか・・・・・・。画像を確認する手が震えた・・・・・・。雀は・・・・・少しぶれてはいるがきちんと収まっていた。
「やった~!」
ゆうきは小さくガッツポーズをきめた。

 雀は、ゆうきにとって最も身近な生き物だ。雀のさえずりで目覚める朝は多い。玄関を出て、まず遭遇する生き物が(人以外の)雀だ。小さい頃から慣れ親しんできて、その存在を確認できなかった日は数えるほどしかない。ゆうきの実家周辺にも、彼の故郷にも、結婚後一時期住んでいた神奈川にだっている。文字通りのどこだってだ。チュンチュンというさえずりを耳にするたびに、生きていることを実感させられる。

 ゆうきのデジカメに収まった雀さん、撮影後も、飛んでいってはまた戻り、木の葉の影に隠れたと思ったらまた現われを繰り返していた。ひょっとしてこの木の中に大切な家族がいるのだろうか、それともただ単に戯れているだけなのか・・・・・・いずれにしても、この地が、この木が嫌いでないことだけは確かだろう。明日の朝もこの雀さんのさえずりで目覚めるのかな?そうだといいな。

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2010年6月23日

これから

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 まだ青いぶどう

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 アップで・・・・・。

「あ~、ぶどうの赤ちゃんだぁ~!」
公園に面したぶどう畑でぼんやり佇んでいたら背後から可愛らしい声がした。振り返るとおじいちゃんらしき方に手を引かれた2~3歳位の女の子が頬を赤く染めて、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねていた。
なるほど・・・・・瑞々しい感性をしている。ゆうきは夫と顔を見合わせて微笑んだ。まだ青いぶどうの実、選定作業に害虫駆除、袋がけに水遣り、葡萄農家にしかわからないもろもろの気苦労・・・・・・出荷されるまでにまだまだ手が掛かる事を思うと、女の子の言う通り赤ちゃんといえるのかもしれない。赤ちゃんのぶどうは実が堅く香りも甘酸っぱいというよりは青臭い。が、太陽の日差しに照らされて光り輝く様子はうっとりさせられる。これから先、彼らは、ゲリラ豪雨、日照り、雹、雷といった数々の苦難を乗越えつつ徐々に徐々に色づいていく。”美味しそう”未満なぶどうたち、青いぶどうを見て、「赤ちゃん~」と言った女の子、まだまだこれからと言う点では共通していると思う。ぶどうも女の子も無事に大きく成長して欲しいなと心から思う。

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2010年6月21日

お守り

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 10年前、娘が描いたパパの似顔絵

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 似顔絵の裏側には・・・・・。

 「これ、まだ持っていたんだ・・・・・・」
先日、夫のカード入れを覗いた際、折りたたまれた小さなメモ用紙を発見し、ゆうきはつぶやいた。10年前、当時幼稚園の年中さんだった娘が父の日に贈ったプレゼントだ。笑顔いっぱいの似顔絵と覚えた手のひら仮名で書いた”ありがとう”のメッセージ。時の経過ゆえに黄ばんではいるがどこも破れてはいない・・・・・。大切に大切にしてきたであろうこれまでがひしひしと伝わってきて、心がほんのりと温かくなった。そう言えば、あの時、彼は
「お守りにするんだ。」
と宣言して丁寧にたたんでカード入れに仕舞っていたっけ。

 お守りには、科学的に実証される効果はない。持っていたからと言って、病気にかからないとは限らないし事故にあわないという保障もない。ただ、そのお守りに込められた思いを意識することで、病気も抑制できるし、事故にあう確立も減るのではないかとゆうきは考える。現に彼はここ10年、大きな病気もしていなければ事故にもあっていない。危うい時はあったけれどいつも寸前のところで食い止められてきた。お守りが十二分に効いている・・・・・と思いたい。

 現在、娘は14歳。思春期真っ盛りだ。世の中には、父親の存在を意識しすぎるあまり、接触をとことん拒む娘もいるそうだが、我が娘に限ってそれはない。洗濯物も一緒ならば、父親が入った後の湯船だってヘッチャラだ。母親であるゆうきには内緒の会話もどうやらあるらしい・・・・・・。「最近、〇〇が眩しい・・・・・・。」 いつだったかぼやいていた。父娘の関係は母親の心がけ次第という説もあるが、ゆうきは特に何もした覚えはない。彼は娘がゆうきの体に宿った瞬間から、娘を大切に大切にしてきた。いつ何時も、娘優先。たとえ火の中水の中、どこへだって飛んでいく。親バカと言う言葉は彼のためにあるのではないかとさえ思えてくる。
「〇〇ちゃんは、お父さん子だね~。」
何回、同じ事を言われかわからない。二人ならではの二人にしか築けなかったであろう親子関係、絆なのだと思う。
時は流れる。留まることなく・・・・・。だが、この絆だけはこのままであって欲しい・・・・・願いを込めて、ゆうきは、再びメモ用紙をカード入れに戻した。

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 昨日、焼いた彼の好物のチョコレートケーキです。
彼は
「また、太っちゃうじゃんか~!」
と言いつつパクついていました。

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2010年6月19日

言葉に出来ない・・・

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 すずらんの里 街灯もすずらんの形をしていました。

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 雑草にまみれてほんの数輪だけ・・・・・・・・。

 「とにかく行ってみようよ。」
 「え~、絶対に咲いてないよ。」
 「もしかしたら咲いているかもしれないじゃん。行くだけ行ってみよう。」
ここ5~6年ほど毎年のように訪れていたすずらんの里。今年は夫の仕事の都合でピーク時を逃していた。「花の中ですずらんが一番大好きだ。」と豪語する彼はかなり心残りだったらしい。外はあいにくの雨。車を降りた途端、傘もささずに駆け出した彼にゆうきはしぶしぶつづいた。
 入り口には「すずらん祭り、5月28日より」ののぼりが立っている。  「三週間も過ぎている・・・・・ダメだこりゃ・・・・・」 彼の背中を眺めながら思わずつぶやいた。群生地は案の定、すずらんの葉っぱと雑草ばかり。それでも彼は諦めきれず目を皿のようにしてキョロキョロしている。ゆうきは強くなり始めた雨ばかりが気になってそっと溜息をついた。
「あったよ、あった、咲いてたよ。ホラ!」
入り口付近に目を向けた瞬間、彼の叫ぶ声がした。興奮で顔を赤くした彼の目の先には”もしかしたら”があった。

 すずらんが咲いてた。諦めきっていたのに、ピークをとうに過ぎていたのに。携帯の電波も届かない山奥の原っぱで小雨が降る中、儚げにひっそりと咲いていた。諦めが感動に変わった。声にならない「ありがとう」を噛み締めながら、すずらんを抱きしめる代わりに、すずらんが収まったデジカメを両手で包み込んだ・・・・・。

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 花言葉 「幸福の再生」 のすずらんを見たことが功を奏したのであろうか、一日が経過した本日四つ葉のクローバーを見つけた。これって幸せ繋がり?

たった一輪の四つ葉もブログに載せたら大勢で愛でることが出来る。
いつもコメントをくれるあなたに、エディタの方にメッセージを残してくれるあなたに、読み逃げしているあなたに、今日たまたま通りがかったあなたに、幸せのおすそ分け。
いつもいつもありがとう・・・・・・・。

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2010年6月16日

速急弁当

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 今朝は焦った。娘が今日、お弁当が必要であることを思い出したのだ。
「16日の水曜日は総体の予備日だからお弁当だよ。」
だいぶ前から彼女は話していた。
「うん・・・・・」
うっかりしていたゆうきのミスだ。気付いたのが6:30頃、娘が家を出る時間は7:45、買い物に行く時間はない。家にある材料だけで何とかするしかない。考えるより先に行動に移さなければ・・・・・。ゆうきは冷蔵庫をあさり始めた。
 とりあえずご飯は炊いてある。これをおにぎりにして、ウインナーをピーマンとシメジと一緒に炒めて、卵を茹でて・・・・・・・眠気を吹き飛ばして、ゆうきにしては珍しく?狭いキッチンで慌しく動いた。

 お弁当を作るたびに思う。世のお母様方は、奥様方は良くやっているなと。
 ゆうきの父はお弁当を持って仕事に行く人だった。母は毎朝、父のためにお弁当を作っていた。低血圧の母が一度も寝過ごすことなく、手を抜くこともせず、毎朝毎朝ただ黙々と。母は凍食品やレトルト食品を使うことはほとんどなかった。手作りすることと旬の食材を入れることにこだわり続けた。母による母ならではの愛情と言えよう。母の愛情はゆうきが高校へもって行くお弁当にも繁栄された。出来合いの食材ゼロ、手抜きも無し。父のお弁当と一緒に毎朝毎朝、二つ下の弟が高校へ入学してお弁当の数が三つになっても一日も欠かすことがなかった、ゆうきは、高校を卒業時まで購買部のパンの注文の仕方がわからなかった。母のお弁当、全て手作りゆえに華やかさには欠けてた。全体的に茶色。同級生の色とりどりのお弁当が羨ましくて隠して食べたこともある。大人になった今、そのことに激しく後悔している。何故、母の愛情を素直に受け止めなかったんだろう、あれほど愛情に溢れあれほど健康を考えがお弁当はどこにも存在しないのに。もし、タイムマシンがあってあの頃に戻れるなら、あの頃に戻ってまたお弁当を広げられるなら、クラスメイトたちに堂々と自慢したい、
「見て、見て、私のお弁当は冷凍食品もレトルトも入っていないよ。全部手作りだよ。」って。

 速急で仕上げたお弁当、ブロッコリーとアスパラが特売の時に多めに買って茹でて冷凍しておいたことと、昨夜のおかずであるイモ天&ホタテフライが残っていたこどで何とかお弁当箱を埋めることが出来たけれど、彩りがあまりよくないと思う。ニンジンのグラッセでも入れればよかったかな?出来れば和風のおかずも入れたい。娘は来年は高校生。いやおう無しに毎日お弁当だ。娘の健康のためにも、大人になった時に懐かしく思えるお弁当にするためにも、もっともっとお料理の腕を磨く必要があるようだ。

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2010年6月14日

ありがとうの行方

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 「写真撮らなくていいのか?」
風に揺れるポピーが目に飛び込んできた際、夫が聞いてきた。
「撮るよ、撮る、撮る、車を止めて!」
ゆうきが応えるのとほぼ同時に車が止まった。
「この辺でいいかな?」
「あっ、こっちの方が花盛りみたい。」
出来る限り綺麗な写真を撮りたい・・・・・・ゆうき夫婦はああでもないこうでもないとアングルを図り始めた。

 この場所で写真を撮るのは何度目だろう。この前、来た時は菜の花の写真を撮った。その前は確か水仙、その前は・・・・・・・。去年の晩秋には、風雨吹き荒れる中、健気に咲く一輪のコスモスを見つけた。
 ここは花をテーマにした公園ではない。花畑でもない。ましてや民家の庭先でもない。原生林と観光牧場の間のほんの一角、ネコの額と呼ぶにふさわしいほど狭いスペースだ。普通であれば見落としてしまうであろうこの場所はいつ来ても季節の花であふれている。春夏秋冬、いやそれよりも細かく、早春、春、初夏、夏・・・・・・毎月違う花とまではいかないまでも、年間トータルすると6~8回は変わる。咲き乱れる花は、ともすれば殺風景に感じがちな風景に潤いと季節感を添える。ゆうきはここを通るたびに、今がどの季節であるかを実感し且つ癒されている。どんなに疲れていてもどんなに眠くてもここの近くになるとしゃんと目覚める。

 風に揺れる季節の花(今回はポピー)。いつ来てもよく手入れされている。誰がどんな思いで植えて世話を続けているのだろう。きっと、花のことはもちろん、それ以上にこの地域のことが大好きな方なんだろうな。こんなにも癒され続けているに、こんなにも麗しく思っているのに、花を植えた方に「ありがとう」を伝える術がないことにもどかしさを感じる。

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2010年6月12日

焦がれて・・・・・

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 久しぶりの海です。

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 磯で見つけた蟹さん

  久しぶりに海を見ることが出来た。おそらく3~4ヶ月ぶり?晴れた日の海となるともっと経っている。ほんの一年足らずには違いないが何十年ぶりかのように感じる。この時の思いは空が代弁してくれている。着く早々、夫は磯遊びに興じ始め、ゆうきは物思いにふけり始めた・・・・・。

 ずっと焦がれていた。「海を見たい・・・・・」 思いをずっと押さえつけてきた。夫の仕事のシフトか変わって以来ずっと。自宅から海までは遠い。疲れている彼にわがままは言えない。ネットで海の画像を探してはあるいは海辺が舞台の小説を読んでは、ただただ思いを馳せる毎日を過ごしていた。だから、だから、だから、
「久しぶりに海を見に行くか?」
と誘われた時は本当に本当に嬉しかった。

 遙か彼方に見える水平線、頬に受ける潮風、リズムを打つような潮騒、生きていてよかった・・・・・・・つくづく思う。風が吹くたびに押さえつけていた思いが溶けていく。海はやっぱり良い。ここ数ヶ月間抱いてきた悲しみや焦燥感さえも呑みこんでくれるような気がする。まだまだ頑張れそう・・・・・・そう思える。

 「蟹がいたよ~。」
と言う声で我に返った。彼を見るとここ数ヶ月間の疲れた顔は何だったのだろう?と思うくらい生き生きしている。
「今日、海に来て良かった~!」
ゆうきが言いたいことを先に言われてしまった・・・・・・・・。海に来れたこと以上に彼が元気になったことが嬉しい。
「逃がしてあげようね。」
蟹さんが水辺へと一心にひた走るのを見送って家路に着いた。

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2010年6月 9日

薔薇の園

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 薔薇を見かけると必ずすること。それは、じっくりと愛でて、その姿を瞼の裏に焼き付けること。運よくデジカメや携帯を持っていたならば撮影すること。薔薇はゆうきにとって永遠の憧れだ。

 ゆうきが薔薇を意識するようになったのは、小学校に入るか入らないかの頃。当時、近所に薔薇を綺麗に咲かせているお宅があった。自分のうちの庭には咲かない薔薇の花。ピンク色で可愛らしい形をしていて自身の語彙では表現しがたい美しさがあって、一目見たその日から、虜になった。これまで絵本の中でしか見たことがなかった花が自分の身近にあった・・・・。密かに”薔薇の園”命名して毎日のように通いつめた。人様の敷地に足を踏み入れることはいけないことだと知りつつもそうせずにはいられなかった。通い始めて一週間くらいが過ぎた頃だろうか、それまで眺めるだけだった薔薇の花にどうしても触れたくなった。ちょっとだけなら・・・・・・・手をのばしかけたその時、
「薔薇の花が好きなの?」
声がした。振り返るとめがねをかけた紳士がニコニコしながら立っている。目が合った瞬間、ゆうきははじけるように駆け出した。びっくりした。恥ずかしかった。自身の心を見透かされたような気がした。「優しそうな人だったな・・・・・・あの方ならば”薔薇の園”の住人にふさわしい・・・・・。」 家に戻り心が落ち着いた頃、思った。

 とある公園で見かけた二輪仲良く寄り添うように咲いていたピンクの薔薇。素人目にも丹精が込められているであろうことが伝わってくる。誰がどういう思いで育てたのだろう。ゆうき自身の身勝手な願いではあるけれど、優しい人だったら良いなと心から思う。幼いゆうきに声をかけてくれたあの紳士のように・・・・・・。毎年この時期になると、あの”薔薇の園”を思い出す。

 

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2010年6月 7日

食わず嫌い

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 アップルパウンドケーキを焼きました。

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切ってみたらこんな感じでした。

先日、パウンドケーキを焼いた。りんごを使ったお菓子を焼くのは初めて。ひょっとしてまた失敗してしまうのでは?と心配したが、予想していたよりも上手く焼けたと思う。(自画自賛?)味もまずまず。夫や娘もとても喜んでくれた。

 実は、ゆうき、今回、アップルパウンドケーキを焼くまでは、りんごを使ったお菓子全体を食わず嫌いしていた。アップルパイはもちろん、焼きりんごも、りんごジャムも・・・・・。特に嫌な思い出があるというわけではないのに勝手に美味しくないと決め込んでいた。そんなゆうきが、アップルパウンドケーキを焼く気になったのは、台所に一つだけ放置してあり古くなったりんごを勿体無く感じたのと、ほんのちょっとの好奇心から。りんごを煮ている時から甘い香りが漂いちょっとワクワクした。生地をオーブンに入れ、焼いている時、「どうか上手く焼けますように・・・・・・」祈るような気持ちだった。無事に焼きあがったパウンドケーキを見た時は飛び上がらんばっかりの気持ちとなった。食わず嫌いはどこへやら。一番たくさん食べたのは何を隠そうゆうきだ。こんなに美味しいものをどうして今まで食べなかったのだろう・・・・・・過去の自分に文句を言いたくなった。

りんごを使ったお菓子に限らず、ゆうきには、食わず嫌いがかなりある。おやつ系だと甘酒に抹茶、ごまプリン、食事系だとゴーヤにみょうが等。数え上げたらキリがない。どれもこれも食したことはほとんどなく、すべて、ゆうきの固定観念からだ。日常生活を送る上で困るということはないけれど、健康上に問題もないけれど、随分と損している気がする。ゆうきも41歳。固定観念は綺麗さっぱりと捨てて、今まで食べたことがない食材と向かい合ってみようと思う。食わず嫌いは卒業。その方がこれからの人生を楽しめるはずだから。

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2010年6月 5日

風景画

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「ねぇ、これ全部、一枚の写真に収めて。」
「えっ?」
「だから~、花と空と雲、全部をいっぺんに写して欲しいの!」
「え~、出来るかな~?」
などとブツブツ言いながらも、デジカメを手にしゃがんだり、芝生の上で腹ばいに近い状態になりながらも彼はアングルを図り始めた。
 高台に位置する公園。最も高い位置からの風景を眺めた時、何故だかたまらなく懐かしい気持ちになった。どうしてだろう・・・・・?この公園は自宅からかなり距離があるためそう頻繁に訪れるわけではない。年に1~2回。公園が出来てからあまり年月が経っていないからトータルでも10回あるかないかだ。花が咲いていて、木があって、三角屋根の建物があって山があって、青い空にはぽっかりと白い雲が浮かんでいる。どこにでもありそうなでめったにない。慣れ親しんでいるようであまりなじみがない。なのに眺めていると心がとろけそうに懐かしい気持ちになる。何故?考えて考えて必死になって思いを巡らせて、彼が
「撮れたよ~。」
と額に汗しながら得意げにデジカメを差し出すころになってようやく思いついた。そうだ!この風景は、前に描いたことがある風景だったんだ。幼い頃、特にテーマが定められない限りは、似たような絵をいつも描いていた。花が咲いていて、木があって、三角屋根の建物があって山があって、青い空にはぽっかりと白い雲が浮かんでいて・・・・・は当時、ゆうきが理想としていた風景そのもの。何枚も何枚も描いた。クレヨン片手に色鉛筆片手に、あったらいいな、行けたらいいなといつも思いを馳せていた。懐かしさの正体がわかって、満足げに何度もうなずくゆうきを、彼は不思議そうな目で眺めていた

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2010年6月 2日

タイトルは?

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 久しぶりのホットケーキ。いつもは蒸しケーキにドーナッツ、アメリカンドックにと色々とアレンジを加えるゆうきだが、この日はあえて工夫をせず普通にフライパンで焼いた。シンプルさが返って受けたのか400gmのホットケーキミックスを使って焼いたホットケーキはあれよと言う間に家族の胃袋へと消えた。

 絵本やアニメの中の食べ物ってどうしてあんなに美味しそうなんだろう・・・・・・・子供の頃からずーっと大人になった今も感じている。特にお腹がすいている時に見たらたまらない・・・・・・・絵本を読みながら、ブラウン管を見つめながら、よだれがダラーなんてことはたびたびだ。ゆうきはかなりの食いしん坊なのかもしれない。
 あれはいつの頃のことだろうか。(たぶん小学校中学年くらい)ホットケーキが出てくる絵本を読んだ。確か、森に暮らす動物さんたちがみんなで協力してホットケーキの材料を調達して、その材料を使ってホットケーキを作ると言う内容だったと思う。タイトルは綺麗に記憶から消し飛んでいる。登場する動物の名前さえもあやふやなのに、物語の最後の方に出てくるフライパンいっぱいに美味しそうに焼きあがったホットケーキの絵だけは鮮明だ。絵本を読んだゆうきは当然のことながらホットケーキが食べたくなった。家にある小麦粉(当時はホットケーキミックスがとても高価だった。)と卵と砂糖と牛乳を使って作ってみるものの何度やってもうまくいかない。味は悪くないけれど焦げ付いたり中が生焼けだったりと失敗の連続だった。絵本と同じ材料を使っているのに、同じ調理法なのにどうしてだろう・・・・・・?ゆうきにはお料理センスがないのであろうか?絵本の中のホットケーキへの憧れはますます強くなり、絵本の中の登場人物になり森の動物さんたちとホットケーキを味わえたらどんなにいいだろう・・・・・と本気で思った。

 あの後、あのホットケーキはどうなったのだろう?上手に焼きあがったホットケーキを見て、動物さんたちはどんな会話を交わしたのだろう?そもそもあの物絵本のタイトルはなんというのだろう・・・・?絵本の登場人物になり損ねた?ゆうきは、時折、考える。

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