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2010年9月

2010年9月29日

大好きなもの

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  我が家の定番 大根が主役の煮物

 ここ一週間ほどで一気に秋めいた。ゆうきが住む地方では最高気温が20℃に満たない日が続いている。10℃台後半という気温は、本来であれば心地好く感じるはずなのだが、この夏が酷暑だっただけに寒く感じてしまう。
 寒いと感じると恋しくなるのが煮込み系の料理。一昨日、久しぶりに、大根を使った煮物を作った。
 昆布だしでじっくりコトコト。ゆうきは煮物をしている時の音が好き。香りが好き。雰囲気が好き。

 実家では必ずと言っていいほど、何かしらの煮物が食卓に乗る。ゆうき自身、それが当たり前で、特にありがたいと感じたことはなかった。
 煮物に対する思いが変ったのは、社会人になってから。配属先が決まり研修で10日間ほど家を空けることになった。最初こそ気が張っていたけれど、慣れない仕事と人間関係で心身ともに疲れていき、研修が終わる頃になるとまともに食事が摂れなくなっていた。フラフラの状態でやっと帰宅。話す気力さえもないゆうきを迎えてくれたのが、煮物の音と湯気だった。ホッとした。嬉しかった。今まで堪えていたものが一気にあふれ出した。味のよくしみこんだ大根が舌と心に沁みた。

 主婦となった今、彼の帰宅時間に合わせて煮物に再度、火を通すよう心がける。煮物特有の雰囲気で疲れた心身を癒して欲しいから。

   

 

 

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2010年9月27日

彼岸花

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 公園の一角で見つけた彼岸花。

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アップで・・・・・。

 酷暑が影響してのことだろうか、例年だと9月半ば頃から咲き始め、ゆうきの目を引き付けて止まない彼岸花を今年に限っては、20日を過ぎても一度も見ることがなかった。
 よく車で通る河川敷でも自宅から程近い寺院でも彼岸の中日になっても咲かない・・・・・。今年はこのまま、彼岸花を見ることなく秋が深まってしまうのかと諦めかけていた矢先、見つけた。とある公園の一角で。物寂しかった心にぽうっと灯りが灯った。

 彼岸花、曼珠沙華、死人花、地獄花、幽霊花、剃刀花、狐花etc.これほど多くの名がある植物をほかに知らない。それぞれの名にそれぞれの思いがあるのだろうけど、マイナスイメージ抱く名前が多いことが悲しい。花自体に責任はないはずなのにな。
 先日、”彼岸花”で検索した際、「彼岸花は見る人の心を悪から遠ざける」 との説を発見した。この説の根拠はわからないけれど、忌み嫌う説ばかりでなくて良かったと心から思う。
 彼岸花・・・・・間近で見ると実に繊細で美しい形をしていると思う。自然のなせる業はやはり素晴らしい。固定観念だけで嫌うことなんて絶対に出来ない。

 公園から帰ってから、夫が使っているデジカメを確かめたら、こちらの方にも彼岸花の映像があった。(一枚目の写真)彼は、不快に感じるものをデジカメに収めたりしない。彼岸花を嫌っていない人間が身近にもいることが嬉しい。

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2010年9月25日

お月見

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中秋の名月

 9月22日午後6時50分 娘を塾に送る際、何気なく空を見上げたら月が綺麗だった。「そう言えば、今日は十五夜だ・・・・・。」 よほど彼女に伝えようかと思ったが、授業開始時間が迫っていたので、そのまま車に乗り込んだ。

 午後9時10頃 
「あ~、月が綺麗! 今日は十五夜だね。」
塾から戻り、車を降りた瞬間、娘が叫んだ。 あらら~、ゆうきの台詞をとられちゃった。今日が十五夜だということを意識していてくれたんだ・・・・・。さっき一人で見た時よりも、心がほんのりと温かくなった。こうなったら彼にもぜひ、この月を見てもらいたい・・・・・・。彼が帰って来るまで天気が崩れないで欲しい。ゆうきは密かに念じた。娘と二人、しばしの間、月を観賞した後、部屋に入った。

 午後11時半過ぎ 夫の車のエンジン音がした。間に合ってよかった~。
「おい!月が綺麗だぞ!」
 玄関に入るなり彼は叫んだ。またしても台詞をとられた・・・・。彼も忘れてはいなかった。しかも嬉しいことに、ゆうきが忙しくて用意できずにいた、月見団子を買ってきてくれた。
 ススキの向こうに遠く見える月。どこからか聞こえてくる鈴虫の鳴き声。お月見としては理想的且つ幻想的な雰囲気に、家族三人、思う存分、酔いしれた。一人より二人、二人より三人。ゆうきの心はさらに温かみを増し、名月が少しだけぼやけた。

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 夫が買ってきてくれた月見団子。彼自身が食べたかったからだろうが、やはり嬉しい。

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 ゆうきの地方の月見団子は球状のお団子の中にアンコが入っています。
 所変れば風変る・・・・・・。皆さんの住む地域及び故郷の月見団子は、どんな風ですか?

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2010年9月22日

公園に

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 鹿がいてアヒルがいて・・・・・・平和でのんびりした雰囲気が味わえるのが、この公園に特色。

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あっ、プレイディドックがいる!

 以前は頻繁に訪れていた公園に久しぶりに足を運んだ。川沿いに位置するこの公園は、動物がたくさんいるためか、家族連れが目立つ。
 我が家も娘が幼い頃は、遊びに行くと言えばこの公園だった。最初の頃は、哺乳瓶とオムツを持って、少し経ってからはお弁当と水筒を持って。
 普段は、テレビや本の中でしか見ることが出来ない動物も、ここであれば間近だ。
「あ~、鹿がいる~。アヒルしゃんだぁ~!」
 娘は動物の名を覚えてからは猿さながらにはしゃぎまわった。(今回、写真には撮らなかったけれど、鹿の斜向いには猿の檻があります。) そう言えば、彼女が初めて蛍を見たのもこの公園だ。あの時はウルウルと瞳を潤ませていたっけ。
 ここを訪れる時はいつも娘が理由、娘が主役。時には喜び、時には驚き、新たなる発見をしては歓声をあげる彼女を見て、ゆうき自身しっかりと楽しんできた。
 
 小さかった娘も中三。今回は 「たまには癒されに行こうよ。」 と言って連れ出したけれど、動物たちを見つめる瞳の奥には猿だったころの面影がわずかながらに残っているけれど、次に誘った時は、「行かない。」 と言う公算が大きい。理由も主役もなくなってしまう・・・・・。流れる川を背景に動物たちがのんびりと過ごしているこの公園。日常の慌しさを忘れさせてくれるここがゆうき自身、大のお気に入りなんだけどな。今度からは何を理由に誰を主役に来たら良いんだろう・・・・・。

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2010年9月20日

アップルロール

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 アップルロールケーキ 上から見ると・・・・・・・。

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 切ってみると・・・・・市販のロールケーキに比べるとまだまだだけれど、ゆうきにしては、まあまあの出来栄えだと思う。

 9月に入りスーパー等でリンゴを頻繁に見かけるようになった。が、この秋はまだ好みのリンゴに出会えていない。糖度は高くても酸味にかけていたり、シャキシャキ感がなかったり・・・・。これも酷暑の影響からだろうか。
 先日、購入したリンゴも、甘みはあるものの歯ごたえが今一つで、勿体無いとは思いつつもキッチンのテーブルに放置したままになっていた。

「そのリンゴ、何とかしろよ。」
昨日の朝、出勤する際、彼は私に言い渡した。
何とかしろと言われても・・・・・・。考えに考え抜いた末、アップルロールケーキを作ることにした。
 リンゴを細かく刻んでグラニュー糖で煮込んだら、あとはロールケーキの生地作り。連休中日のキッチンにハンドミキサーの音が響いた。
 生地が出来上がったら、あとは巻くだけ。ここまでの所要時間は一時間半ほど。ここまで苦労したんだから・・・・・。少しだけドキドキした。

 「あ~!ロールケーキ、また作ったの?」
娘のお菓子に対する嗅覚は半端ではない。改めて感心した。
「うん、いい感じ・・・・・・生クリームと一緒にまいてあるのはリンゴ?」
「ピンポ~ン!」
「あのリンゴがこんなに美味しくなった~」
蔓延の笑みを浮かべながら、母娘で競うようにロールケーキを頬張った。

 この夏の酷暑を生き抜いたリンゴ。「不味い。」 何て言ったら罰が当たる。美味しく頂かないとね。

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2010年9月18日

里の秋

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 山道の一角にあった数本の栗の木

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 栗の実が木になっているところをこんなに間近に見たのは初めて。

 「あっ、今、栗がなっていなかった?」
 「えっ、ホント?」
 「うん。」
彼は車をUターンさせた。
 「あ~、ホントだぁ~! いっぱいなってる~」
 本当のことを言うと、ゆうきは栗の実が木になっているところ間近で見るのは初めてだ。栗の木が珍しいのは彼も同じらしく、早速、デジカメを手にアングルを図り始めた。

 果物や野菜の名前は知っていても、食べたことがあっても、それがどういうなり方をするのかがわからない実って多々ある。栗もその一つだった。ホクホクとした栗の実を口に含むたびに、「これはどんな風な実り方をするのだろう」 と首をかしげ、保育園で、童謡”大きな栗の木の下で” を習った時は、「アタシも大きな栗の木の下で友達と遊びたい」と願い、思春期の時は、”里の秋”の世界に憧れ思いを馳せた。その後、念願かなって栗の木を見る機会が訪れたが、その木はとても大きな木で、どういう実り方をするのかまでは確認できず惜しい気持ちを噛み締めた。
 長いこと疑問に感じていたことの答えが、今、目の前にある。栗の木の周りの景色は、ずっと思い描いていた”里の秋”のイメージそのままで、ゆうきの心は優しい秋の日差しを浴びたかのような暖かな懐かしさでいっぱいになった。

 この木々は、冬にはどんな枝ぶりを見せるのだろう。若葉の頃にはどんな香りが漂うのであろう。今までここに栗の木があることに気付けなかったことが悔しい。 

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2010年9月15日

珍客

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 この日は少し雲がかかっていましたが、それでも綺麗な富士山でした。

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 窓を開けて置いたらいつの間にやら珍客が・・・・・。

 ここは、市内唯一高いところに登らずとも建物等の遮りなして富士山を望める場所。左右には田んぼが広がっている。県外出身者の夫はこの場所がえらくお気に入りだ。折に触れ訪れては、車を降り深呼吸して霊峰富士を仰ぎ見て、時にデジカメに収める。口には出さないけれど、彼にとってここは日頃の疲れやストレスを忘れさせてくれる場所らしい。
 つい先日も、彼は満足のいく富士を撮るべくアングルを図ることに余念がなかった。そのまま何分が経過したのだろう。車に戻った彼が
「あっ!」
と小さく声を上げた。彼の視線の先をたどり
「あっ!」
ゆうきも同じように声を上げた。イナゴの聴覚がどのようなものなのかは定かではない。けれども二人はカーステレオのボリュームを絞り言葉を呑み込んだ。

 イナゴはゆうきにとって思い出深い昆虫だ。以前の記事にも記したが、子供の頃、秋の田んぼは遊びの宝庫だった。イナゴはその格好の材料。ピョンピョンン飛び跳ねる様を真似たり捕まえようと試みたり・・・・・。近づいても刺されることもなければ噛み付かれることもない、ジッと見つめていても気持ち悪くないし実に魅力的だった。
 あれはいくつの頃のことだろう。二つ下の弟とイナゴをどちらが早く捕まえられるかを競うことになった。それまでイナゴを捕まえようとしたことはあったが実際に捕まえられたことはない。が、弟には絶対に負けられない・・・・・。ゆうきの心はざわめきだった。
「つかまえたよ~!」
競技開始?5分もしないうちに弟が叫んだ。えっ、何で?ゆうきは焦った。焦って必死になってイナゴを見つけ手を伸ばすものの捕獲ならず、軍配は弟の方に上がった。
「お姉ちゃんに勝ったよ~!」
この時の弟の表情は小憎らしくなるくらい誇らしげだった。ここで悔しがってしまったら姉の立場がますます怪しくなる・・・・・。
「すごいね~」
言葉では一応、弟を賞賛しておいた。何気ない日常・・・・・ゆうきの心の中でほろ苦い思い出となった。

 思わぬ珍客となったイナゴ君。どのような経路をたどって進入してきたのか・・・・・・。車中がよほど居心地が良いのか、それとも襲われるはずがないと高を括っているのか逃げるそぶりすら見せない。おかげで余裕綽々でデジカメに収めることが出来た。
「さ、もう、行けよ!」
写真を撮り終えると彼は車外に放った。イナゴはハッと我に返ったかのように、見事に地面に着地して瞬く間に稲穂の中へと消えていった。イナゴを見たのは実に久しぶりだ。野生動物たちと同じで、イナゴもまた住宅難に喘いでいるのかな?



 

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2010年9月13日

輝き

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 運動会当日。お弁当を作り始める直前の空。朝焼けの美しさに息を呑みまずは一枚。

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 義務教育最後の運動会弁当。気合が入りすぎて?結局は、いつもとそう変らないメニューになっちゃった。

 運動会って我が子の意外性及び成長を知る絶好の機会だと思う。幼稚園を含めて12回。色々な娘を見つめてきた。組み立て体操がうまくいった時の誇らしげな表情、リレーのバトンを握り全力疾走している時の必死の形相、競技でしくじった時の泣きべそ顔・・・・・・。時には微笑みながら時には半泣きになりながら、また時にはハラハラしながら、二度とは来ない時を共有してきた。
 幼かった娘も中三。来年は高校生だ。お弁当持参で運動会を見に行くのも今年が最後。自分が参加するわけでもないのに、数日前から肩に力が入って仕方なかった。

 リレーに綱引き、創作ダンスとプログラムは滞りなく進み、いよいよメイン競技と言える”ムカデ競争”が始まった。

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 ムカデ競争とは、上の写真の通りの競技。男女に別れそれぞれ一列に並び、予めロープに結いつけられている手拭いで足を縛り一体となって走りそのタイムを競う。足が速い子もいれば遅い子もいる。みんなと歩調を合わせることが苦手な子もいる。当然のことながらトラブル続出。怪我人も続出。娘の頭は、夏休みが終わって以降このムカデ競争のことで頭がいっぱいで
「〇〇ちゃんと〇△ちゃんがケンカした。」 「誰々さんが練習に来なかった。」 「もう体がボロボロ・・・・・・」などなど連日愚痴のオンパレードだった。

 「10、  9 、 8、7・・・・3、 2、 1・・・・・」
カウントダウン後いよいよスタート。ゆうきの胸は高鳴りデジカメのシャッターを切る手が震えた。必死になって娘のクラスを探し追いかけた。
 「うんうんなかなかいい走りをしている。色々愚痴っていたけれど案外まとまっているじゃん」 ここの中で拍手した。結果は6クラス中3位。途中転ぶこともなかったし、走り終わった後みんなで肩をたたき合ってニコニコしているし、親としては大満足だった。

 ここまできたら男子も応援してやろう・・・・・・・。自然と思えた。
娘のクラスの男子チームは、順調な滑り出しにか見えたが数メートル先で転倒。一人どうしてもみんなと息を合わせられない子がいて、数歩進んでは転倒を何度も繰り返した。そうこうしているうちに他のクラスはどんどんゴールしていき、ついには一クラスのみとなった。彼らにはまだ半周残っている。どうなることかと、黙って見守っていたら、どこからともなく同じクラスの女子が走り寄ってきて応援を始めた。ゆうきのいるところまでは聞こえてこなかったが、おそらく一生懸命、励ましているであろうことは伝わってきた。同じクラスの女子生徒に続いて先生方が列に近づいてきた。続いてすでに他のクラスの女子が。そしてついにはすでにゴールし終えている他のクラスの男子までもが加わり、娘のクラスを中心に三年生全体が一丸となってゴールを目指す運びとなった。ゴールのテープが切られた瞬間、彼らは大歓声と拍手喝采に包まれた。抱き合い、飛び上がり、ハイタッチ。みんながみんな体全体を使って喜びを表現した。生徒一人一人表情は、どの子もみな生き生きしていて眩しいほどの輝きを放っていた。今まで見てきたどんなドラマよりも熱くて感動的で、込み上げてくる熱いものを抑えることが出来なかった。

「〇〇君がいてこそのうちら。彼が居たからあそこまでがんばれたんだよ。」
帰宅後、娘が興奮気味に話した。彼女は、最後の運動会で、教科書では決して学ぶことが出来ないことを学んだ。日焼けした頬とうっすらと涙が残る瞳。我が子が一回りもふた周りも大きく成長出来たことをしみじみと実感した。

 

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2010年9月11日

あっ!

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 猿 まずは一枚目。なかなかうまくいかず・・・・・・。

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 気を取り直して二枚目。が、やはりピンボケとなってしまった。

 全国各地で猿による被害の報告が相次いでいる。畑を荒らされた、背後から襲われた等。ゆうきが住む県も例外ではない。つい先日、自宅から、数十km離れた山間部を車で走っていたら、突然、数匹の猿が目の前に表れた。
「あっ!」
「早く、今のうち。」
急いでデジカメを構えたが、林の方へ逃げ込まれた。
「ならば俺が。」
と車を降り林に近づき何回かシャッターを切ったが、結局、上手く撮る事は出来ず肩を落とした。被写体は野生の猿。人の思うようにいく方がおかしい。彼らだって生きるのに必死なのだから。

 野生の猿が、人が生活する場所に出没するようになったのは、いつの頃からだろう。少なくともゆうきが子供の頃は、そんなこと聞いたこともなかった。
 以前、 とある番組で猿による被害がいかに酷いかを報道していた。畑をあらし、土産物屋の軒先から食べ物を盗み瞬く間に逃げていく。凶暴ですばしっこくて、人達はなす術がない様子だった。「ひどいな~。」と思いながら見ていたら、小さな小猿を背負った母猿が目に付いた。母猿は、上手く逃げ切れたことを察知すると、小猿をおろし、さっき調達してきた食べ物を食べさせていた。注意深く辺りをうかがいながら。そのシーンを見たら、たまらなく切なくなって思わずチャンネルを変えてしまった。猿も必死に子育てをしているんだ・・・・・思い知らされた。なんと言えない後味の悪さだけが残った番組だった。

「衣食足りて礼節を知る」 と言う言葉がある。このことは、人だけではなく、猿にもいえるのではないだろうか。猿だって生息している場所に食料があったならば、わざわざ危険を冒してまで人里を襲うことはないはずだ。彼らの生地に最初に足を踏み入れたのは人間たちなのだ。

 某市の猿捕獲に懸賞金がかけられた。ゆうきは、思う。もし無事に?捕獲された暁には、その猿はどうなるのだろうって。猿にとっても人にとっても最善の方法をとって欲しい・・・・・。

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2010年9月 8日

実り

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 花梨

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 椿の実

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 リンゴ

 「うぁ~」
 車を降りた途端、熱風が体を包み込み、口をついて出たのは言葉ではなくうめき声だった。
 ちょっと散歩でも・・・・・と軽い気持ちで足を運んだことを少し後悔した。

  ゆうき夫婦が、ほぼ季節ごとに訪れている公園は傾斜地に位置していて絶景を望める他にも、様々な果実の木が点在することでも有名だ。
 
 せっかく来たのだから・・・・・・。額に手をかざし恨めしげに空を仰ぎ見ているゆうきを尻目に、夫は、まだ青い果実をデジカメに収めるべくアングルを図り始めた。
 彼の夢中な様子に、ゆうきは
「ねえ、もう帰ろうよ~。」 の言葉を呑み込んだ


 ゆうきの住む地域同様、この公園も雨に見放された日が続いたのだろう。青い実に混じって、腐ってしまった実がいくつかあり、この夏がいかに酷暑であったかを再認識した。異常気象は、移動することが叶わない植物にこそモロに降りかかる。この果実がゆうきの口に入ることはおそらくないけれど、ゆうきにはどうしてやることも出来ないけれど、せめて、今現在、健在な果実は、無事に色付き熟して欲しい・・・・・・心から思った。

 シャッターを切っている間も強い日差しは容赦なく木々に降り注いでいて、帰路に着く際は、後ろ髪を惹かれるような思いがした。
 

 
 

 
 
 
 

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2010年9月 6日

昨日のこと

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 誕生日ケーキ

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 ナイキのシューズ

 今年の誕生日当日は娘からお祝いメールが届いた以外は特に何事もなく過ぎていった。そのことに全く寂しさを感じなかったと言ったら嘘になるけれど、二人ともそれぞれに忙しいのだし、夕食は美味しかったし、テレビも面白かったし、何よりも家族みんな元気だし、ケーキに蝋燭と言う年ではないし、これはこれで良いかな?って思うことにしていた。

 久しぶりに家族三人が揃った休日となった昨日は、朝からバタバタと慌しかった。目の前にあることをこなすのに必死で疲れを感じる暇さえなく、予定の全てを消化し終えた夕方には暑さも手伝ってぐったり。ごろりと横になったらそのままついつい眠ってしまった。どの位の時間が経ったのかふと気付くと部屋には誰もいなくて、はて?どうしたものかと娘の携帯を鳴らしみた。
「パパと100均にいるよ。すぐ帰るから。」
と元気な声。父娘で出かけることなんてここしばらくなかったので、珍しいこともあるものだと思いつつ夕食の準備を始めた
 数十分後、帰宅した二人の手には100均の荷物以外に、先日新しくオープンした靴屋さんの袋とケーキの箱が握られていた。

 「遅くなったけれど、おめでとう!」
彼がボソッとつぶやき、彼女は悪戯っぽい顔でウインクした。
 今回の企画、お金を出したのはもちろん夫だけれど、娘的要素がかなり高い。子は鎹とはよく言ったものだ。
「〇〇に言われてさ・・・・・・・・」
彼女に気付かれないように耳元で囁いた。靴もケーキもゆうきの好みとぴったり。つい最近まで、赤ちゃんだと思っていたのに、いつの間にやら、ゆうきの一番の理解者となった。そんな娘の成長が嬉しくもありちょっぴり寂しくもあり・・・・・口いっぱいに頬張ったケーキは少しほろ苦かった・・・・・。
 

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2010年9月 4日

生まれた日に

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 今朝の空。特にアングルを図ったわけではないけれど割と上手く撮れたかな。

 ブログ 「勇気を出して」にしては珍しく金曜日の夜に更新。ずっとずっと決まった曜日にしか更新してこなかったけれど、今日ばっかりは今日と言う日にこだわりたかった。

 「ゆうきの生まれた日は、良い天気だったんだよ。」
さっき、電話で母が言っていた。父と二人、今日の昼間
「ゆうきも42歳だね~」
って話していたんだって。ゆうきの誕生日のことなんて忘れていると思っていたから、ましてやお天気のことなんて憶えているはずがないと思っていたから、すごく嬉しかった。ゆうきは今でも大切にされ愛され続けている・・・・・胸が熱くなった。

 生命の誕生って実に偉大だとといつも思う。遙かな昔、人と人が出会い人が生まれて、たくさんの出会いの中からご先祖様が生まれて、そこでまた出会いがあって曾じいちゃん、曾婆ちゃんが生まれて、やがておじいちゃんとおばあちゃんが出会って父が生まれ、母が生まれて、父と母が出会ってゆうきが生まれた。受け継がれてきた命のリレー。人間の誕生からゆうきが生まれるまでにはいったいいくつの出会いがあったのだろう。その中の一つでもなかったらゆうきは生まれてこなかった。もしもその中の誰かが別の誰かと出会っていたならばゆうきは今のゆうきではありえなかった。それは地球上にいる人達みんな同じだよね。愛する人も大切な人も、今までかかわってきた人達もこれからかかわるであろう人達もみんなみんな、出会いによって出会いの中から生まれてきた。数え切れない出会いに報いるためにも一つ一つの生命を大切にしたい。ゆうきがゆうきであることに感謝したい。そう思えた42歳の誕生日。ちょっと興奮してパソコンに向かっていたらいつの間にか日付が変わってしまった。誕生した時間に更新しようと思っていたのに・・・・・。ちなみにゆうきが生まれたのは1968年9月3日の午後11時45分だそうな。とすると42年前の今頃は産湯に浸かって、産着を着せられうとうと眠りについていたのかな。何時間もの陣痛に耐え続けた母を思う。ずっと手に汗に握り見守り続けた父を思う。無事に生まれてきてくれと祈り続けた祖父母のことを思う。生んでくれて本当に本当にありがとう!

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 娘からのメール 気持ちだけで十分に嬉しい。ありがとう! 

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2010年9月 1日

元気の源

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 南瓜のポタージュスープ

 彼はここの所、また、疲れの色を隠せなくなってきた。今年三月に昇進してから数ヶ月間はずっと激務が続き、その後、彼自身が状況に馴れたこともあり、一旦は落ち着きを取り戻し少しは早く帰れる日も出てきたのだが・・・・・・・。八月に入ってから再び忙しさが戻ってきた。元の木阿弥とはこのことだ。帰宅するのは早くて9時過ぎ、週のうち二回は11時を越える。当然のことながら体はボロボロ。食事や入浴など日常の営みを行うことさえもしんどそうだ。数日前は、ついつい寝過ごしていまい、
「悪いけど、握り飯握ってくれ!」
ゆうきが急いで握ったおにぎりを片手に飛び出していった・・・・・。

 ゆうきが彼のためにしてやれるのは、出来る限り、美味しい食事を作ることぐらい。とは言っても朝はギリギリまで寝ているし、お弁当を持っていくわけではないし・・・・・手を尽くせるのは結局のところ夕食だけだ。何が良いのだろう・・・・・・・美味しくて食べやすくて夜遅くに食べても胃に負担がかからないもの・・・・・考え抜いた末、実家でもらった南瓜を使い、ポタージュスープを作ることにした。

 ひたひたの水に浸した南瓜をコンソメで煮て、一度取り出して裏ごしし、再び鍋に鍋に戻す。ゆっくりとかき回しながらベースと状になるまで煮込みそこに生クリームと溶かしバター、炒めた玉ねぎを加え、塩コショウで味を調えた。
要した時間は、初めてで要領がつかめなかったこともあって二時間程。

 「へぇ~、ポタージュって家でも出来るんだね~・・・・・」
11時過ぎにフラフラになって帰宅した彼は、ハフハフ言いながらあっという間に平らげた。時間にして10分弱。作った時間に対して短すぎる気はするけれど、美味しいの一言もなかったけれどこの南瓜ポタージュが彼の体の中で、元気の源になってくれるのなら、苦労し甲斐があるかな。

 

 

 

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