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2011年3月

2011年3月30日

3月を振り返って

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 我が家のカレンダー 赤丸は彼の休日。

 明日で3月が終わる。長かった~!と言うのが率直な思い。3月は娘の誕生月であることに加えて年度末と言うこともあり、一年のうちで一番感慨深い月なのだが、それにしたって今年の3月は激動。心はジェットコースターのごとくアップダウンを繰り返した。

 娘の受験、義務教育終了、合格発表、これだけでも一大事。入試から発表までは、とにかく時間が長くて、時が止まっているかのようで、一日に何度も時計を確認した。一分間が一時間に感じた。「あとの〇時間でこの苦しみから解放される。」 そんなことばかりを考えていた。

 娘の受験番号を確認して気持ちは急上昇。数時間後に襲った揺れで気持ちが急降下。目の前で起こっていることが、ラジオから伝えられる惨状が、信じられなくて信じたくなくて、「ひょっとしてこれは夢なのでは?夢であって欲しい・・・・・」 何度も頬っぺたをつねった。

 「〇高校を受験を受験したことが遠い過去のような気がする。」 娘は言う
 「進路のことだけを考えていた日々は、今、考えるともの凄くのん気で平和だった。」とも。彼女の言葉はモロにゆうきの心情を代弁している。
 この世に生を受けて42年と6ヵ月。生かされていることにこれほど感謝した月はない。これほど中身が濃かった月はない。この一月は何時何時までも色褪せないと思う・・・・・。
 

 

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2011年3月28日

親孝行

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 娘からの手紙。卒業式の朝に渡された。15年間育ててくれたことへのお礼、受験で心配をかけてしまったことへのお侘びが切々と綴られ、「これからもよい家族、最高の家族でいようね。」という一文で締めくくられていた。読んでいて鼻の奥がツーンとした。彼も出勤前にもかかわらず目を潤ませていた。「優しい子に育ってくれた・・・・・・」 彼がつぶやく。体の成長よりも志望校に合格したことよりも心の健康が嬉しい・・・・・。

 15年前の今頃、ゆうきは波のように押し寄せる陣痛と懸命に闘っていた。かつて経験したことがない痛み。何度も何度も悲鳴をあげた。意識が朦朧とする中、命の重みを実感した。
 娘が生まれてからこれまでの日々を綴ったらノート何冊分になるのだろう・・・・・。星の数ほどあるエピソード全部が宝物だ。お礼なんて要らない。だって生まれてきてくれたことそのものが親孝行なのだから・・・・・。生まれてきてくれて、ゆうきたち夫婦を選んでくれて本当に本当にありがとう・・・・・・。
 

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2011年3月26日

あるもので

 節電する。買い占めをしない。震災以降、特に計画停電が実施されるようになってからから、ゆうきが心がけていることだ。
 お彼岸が過ぎたというのになかなか暖かくならない。昨日の朝はサッシが凍り付いて開かなかった・・・・・・・。暖房費を削る方法は色々あるけれど、食事で体の内側から温まると言うのも一つの方法だと思う。

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 電気代を少しでも節約するために、まだ日があるうちに夕食の下準備をするようにしている。野菜を刻んでおいたり、煮込めるものは煮込んでおいたり・・・・・夜暗くなってからは、炒めたり温めなおしたりと必要最小限の調理で済むようにしておく。

 昨夜はおつけだんご(すいとん)にしたかったのだが、小麦粉が少ししかなくて、足りない分をおからで代用した。小麦粉3に対しておから2、少しずつ水を足して耳たぶよりも少し柔らかめの固さになるまでこねた。とろけるチーズと胡麻をプラスしてボリュームアップ。具沢山味噌汁で煮込んだ。

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 おからを代用したおつけだんごは初めての試み。味噌汁の中で分裂してしまうのでは?と心配したが、何とか団子の形をとどめてくれた。小麦粉がなければないで何とかなるものだ。チーズと胡麻の風味が程よく利いていて美味しかった。

 最近、疲労の色が濃い我が家の二人。いつ起こるかわからない余震に計画停電、刻一刻と変化する情報etc.お出かけらしいお出かけも出来ずにいる。口に出来ないストレスや不満があるのだろう。美味しい食事で疲れた心を癒してやりたい・・・・・。

 

 

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2011年3月23日

思い出

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 計画停電実施以来返って家族間の会話が増えた。電気の消えた薄暗い静かな部屋で身を寄せ合い語り合う。3人家族で一番の雄弁者は娘だ。話の内容は自身の中学時代。修学旅行、体育祭、レコーディング、友達との絆etc.在学中は話そうとしなかった細かなエピソードまで堰を切ったように話す。中学を卒業したんだなぁ~・・・・・・今更ながら実感が湧いて来た。
 娘が通った中学校は荒れていることで有名。〇中と言うと眉をひそめる人もいる。親として不安を覚えたことは数知れない・・・・・。私立を受験させるんだったと後悔した事も。が、彼女は逃げなかった。雨の日も雪の日も風の日も黙々と通い続けた。愚痴をこぼすことはあっても学校を休むことはなかった。
「嫌いな数学でも良い、もう一度あの教室であの仲間たちと授業が受けたい・・・・・。」
娘は言う。この3年間のことをいかに大切に思っているか瞳の輝きが物語っている。逞しく成長した。考えてみたら、様々な家庭環境の子達が一堂に会する公立中学校、物事の捉え方、価値観がそれぞれであるのは当たり前、摩擦は起こらないほうがおかしい・・・・・。よい体験となった・・・・公立に通わせてよかった素直に思う。これから先、数え切れないほどの出会いが待っている。様々な困難だって待ち構えている。3年間で得た知識、経験、思い出全部ひっくるめて生きる術にして欲しい・・・・・親として切に願う。

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2011年3月21日

前進

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 自宅近くの梅の木がようやく開花。
夫の辞令、娘の受験、突然の大きな揺れ、停電・・・・・様々な押し寄せた今年の冬から春にかけて・・・・・小指の先ほどもない小さな命に、例年以上に癒されている。

 震災から10日、時の経過は万人に対して平等である、改めて認識している。
15日、娘がこの春からお世話になる高校から、合格通知及び今後の日程を知らせる用紙が入った分厚い封筒が送られてきた。案内に沿って教科書を購入。今週半ばにはクラス分けテストがある。市内の小中高では、お弁当と水筒、防寒グッズ持参で通常授業。幼稚園の送迎バスもいつも通りに走っている。18日には当初の予定通り小学校で卒業式が行われた。被災地の中学校でも卒業式が執り行われたとの報道を受けた。現実的な世の動きにホッとする自分がいる。
 明けない夜はない、前を向いて進もう!

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2011年3月19日

発見

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 昨日は夕食時間帯に計画停電。百均で買った灰皿に”倒れる心配がない”がキャッチフレーズの蝋燭(スーパーの防災コーナーにて購入)を置いて、その灯りで食事。

 蝋燭の灯りは意外と明るい。情報を得るには携帯ラジオで充分。使い捨てカイロだってバカに出来ない。体を寄せ合っていると温かい。テレビがない方が家族との会話が弾む等など、今回の震災で発見できたこと、気がつけたはたくさんある。
 発見できたこと、気がつけたことを今後に生かすことが、今、ゆうきに出来ること。

 考えてみたら、蝋燭の灯りだけを頼りに何かをするのは今まで生きてきた中で初めてだ。それは彼も同じ。今年72歳になる実家の両親も、「こんなのは初めてだ。」と言っている。祖父母、両親がこれまの人生で経験し得なかったことを、娘は若干15歳で経験した。親として不憫に思わないでもないが、彼女はまだまだこれからだ。長い人生何が起こるかわからない。何時何時までも守ってやりたいけれど多分それは叶わない。今回の震災に対して抱いた思いを、これからの糧にして欲しい。

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2011年3月16日

反省

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 「備えあれば憂いなし。」 今回の地震で改めて学んだこと。あれほどマスコミ等で呼びかけていたのにもかかわらず、ゆうきは防災用のリックの中身の点検を怠っていた。揺れが落ち着いた後、リックを開けて見たら、中身のほとんどが賞味期限切れもしくは消費期限切れだった。懐中電灯も電池切れ。唯一、使えたものが蝋燭と携帯ラジオ。娘が小さかった頃は、阪神淡路大震災の記憶が新しかっただけにそれなりに保存が利く食材や日用品を備蓄していたのだが、月日が経つにつれあまり気にしなくなっていた。喉元過ぎれば熱さ忘れるとはこのことだ。蝋燭の明かりだけを頼りにおせんべいをかじっている時、深く反省した。

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 買い溜めをする人がいるのかな? スーパーは見違えるように商品が減った。パンやカップ麺の棚は空っぽ。その他、手に入りにくい食材は多数ある。輪番停電の影響で閉店時間も早まった。
 春休みで家にいる娘のため、ホットケーキを焼いた。パンは手に入らないけれど、ホットケーキミックスなら家にある。米もまだある。調味料も切れているものはない。買えないのなら家にあるもので何とかするしかない。震災で犠牲なった方たちのことを思えば、生きているだけ、食べられるだけありがたい。

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2011年3月13日

その後

 輪番停電(地域ごとに区切って順番に停電させる。)と言う言葉を初めて知りました。富士北麓地域もいつ停電するかわかりません。だから今のうちに。

 地震が発生した日は、娘の合格発表の日。無事に合格していて、母娘で抱き合って喜び、その足で制服を注文に行って、ヤレヤレと一息ついていた矢先の地震だった。発生と同時に停電し携帯電話が通じなくなり、お祝いムードは一気に吹き飛んだ。
合格したら焼肉パーティーをと夫婦で計画していたのが、買い物すらままならず、夕食はココアとお煎餅のみ。色々な意味で忘れなれない日となりそうだ。
 混乱の最中、ちょっと感動したこと。それは、娘が私をリードしてくれたこと。
「ママ、早くテーブルの下にもぐって!ほら!」
娘は椅子をどけて私が入るスペースを作ってくれた。どっちが親でどっちが子なのかわからない状態。彼女はその後もパニくる私を励ましてくれた。一人っ子の甘ちゃんだと思っていたのに・・・・・。娘の成長を垣間見ると同時に自身のふがいなさをひしひしと感じた・・・・・。娘はとかく先走りしがちな彼のことも諌めてくれる。ゆうき一家で一番頼もしいのは娘なのかも。

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2011年3月12日

ご報告

 本当は本日のブログでは、進路決定の報告、そこのに至るまでの日々を切々と語る予定だったのですが・・・・・。

 突然の地震、皆さんの住む地域は大丈夫ですか?

 富士北麓地域は震度5強を観測。立っていられないほどの揺れ、娘と二人ダイニングテーブルの下に潜り込んだ。2~3分は揺れていただろうか。42歳、これまで何度も地震を経験してきたがこれほどまでに長い地震は初めてだ。揺れが治まってもしばらくは体の震えが止まらなかった。地震直後から今朝の6時前まで停電。蝋燭と携帯ラジオで家族3人身を寄せ合うようにして一夜を過ごした。電気がいかにありがたいかしみじみ実感した。
 不自由ではあったけれど私たち家族及び主人の実家の家族、私の実家の家族みんな元気です。

 今回の地震で被災されている方々に心よりお見舞い申し上げると共に、これ以上被害が広がらないことをお祈りいたします。

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2011年3月 9日

三月なのに・・・・・・

 一週間前の天気予報では雨の予報だったに、直前になって雪の予報に変り、7日0時ごろ降り始めた雪は瞬く間に町並みを覆いつくした。朝、戸を開けた時は一面の銀世界。富士北麓地域の春先はとにかく雪が多い。
「もう3月なのにねぇ~。」
の言葉が挨拶代わりだ。この時期に降る雪は湿り気が多く重い。ほんの数十分の雪かきで腕が上がらなくなる。
「今日、仕事が休みでよかった~。」 
と夫がつぶやく。
「今日が入試本番の日じゃなくてよかった~。」
娘もつぶやく。本当にその通り。年明け以降、掃除をサボった日はあっても天気予報を聞きい逃した日はない・・・・・。

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 雪かきで体力を使い果たしたゆうき夫婦は午前中いっぱいダラダラと過ごした。お昼過ぎになってやっとの思いで行動再開。買い物がてら向かった先は河口湖だった。
雪の日の河口湖って久しぶり。山中湖とはまた違った魅力がある。静かなモノトーンの世界にしばしの間うっとり。ゆうきが雪を心底嫌いになれないのはこんな風景が見られるからこそだ。

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 周りの風景をデジカメに収め車に戻ろうとしたら、小鳥が突然視界に飛び込んできて足を止めた。頭が黒く背が灰色、お腹の辺りが白いこの鳥の名はなんと言うのだろう。ゆうきの住む地方でよく見かける。四十雀(しじゅうから)?ちょっと違う気がする。
 可愛らしい住民は、ゆうきに警戒心を抱くことなく目の前をチョンチョンって横切っていった。思っても見なかった光景に気持ちがほんのり、雪かきの疲れが癒された気がした・・・・・。

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2011年3月 7日

他人丼

 ツナ缶って実に便利だと思う。保存が利くし様々にアレンジが出来るし。いつでもどこでも手に入る事も利点といえよう。ゆうきは、常時切らさないようにして、何かもう一品と言う時や思いっきり手抜きしたい時に活用するようにしている。昨日作った他人丼は手抜きの部類かな?親子丼が食べたいのに親となる鶏肉がなくて、どうしても食べたかったからツナ缶で代用した
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 材料はツナ缶と玉ねぎと卵、写真に写っていないけれど麺つゆ。(二人分)

 作り方は超簡単。

① 玉ねぎをくし型に切っておく。

② 鍋に麺つゆを入れお好みの濃さに割って煮立たせて玉ねぎを入れる。

③ 玉ねぎが透き通ってきたら、ツナ缶を投入。再び煮立たせたら卵で閉じる。

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 調理時間10分、使う調理器具はまな板と包丁と鍋一つ。割り下を作らず麺つゆを使ったし、刻んだのは玉ねぎだけだし超手抜きだ。
 麺つゆが、それぞれの素材の味をうまく引き立たせてくれていて、美味しかった~!

 思い返せば、ゆうきの実家にはいつもツナ缶があった。今も多分あると思う。母が作るツナ缶を使った炊き込みご飯は最高!昨日、調理中に思い出した。今度、我が家の二人に作ってあげたい。

 ちなみにうちの娘はツナマヨネーズが嫌い。ツナそのものもあまり好きじゃないみたい。苦手食材をいかに美味しいと感じさせるか、主婦の腕の見せ所である。

 

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2011年3月 5日

米粉を使って

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 キッチンの収納を整理していたら、賞味期限間近の米粉が出てきた。去年の秋、月見団子を手作りしようと思って購入したのだが、十五夜の日も十三夜の日もバタバタと忙しくて作れなかった。その後も何とかしなくてはと思っていたのだが思っているだけで月日が経ってしまった。節約が聞いて呆れる。とにかく使ってしまわないと!

 米粉をボールに入れ、水を少しずつ加え耳たぶの固さになるまで捏ねる。米粉の感触って好きだ。香りもまた・・・・・。日本人でよかったと思うのはこんな時だ。
 耳たぶくらいの固さになったら適当な大きさに丸め、たっぷりのお湯で2~3分茹で団子が浮いてきたら順次すくい上げる。
 今回はきな粉をかけていただいた。和風のおやつが嬉しかったらしく瞬く間に完食。確か20個近くあったはずだが、ゆうきが食べたのは3個だけ。こんなに喜ばれるならまた作ろう。簡単だし。

 米粉は近年になってにわかに脚光を浴びたかに見えるが、ゆうきは、昔から普通に米粉を使ったおやつを食べていた。実家には粉を捏ねる専用の臼があって、祖母も母もしょっちゅう米粉を捏ねていた。餡子が入った月見団子に蓬団子、みたらしにきな粉などなど・・・・・。米粉を使ったお菓子は素朴ではあるが、腹持ちが好く、食べるだけでパワーがみなぎってくるかに思えた。

 米粉を使ったロールケーキを作りたい。パンも焼いてみたい。ホワイトソースにも挑戦したい。小麦粉が値上がりしてきた今日この頃。米粉をうまく利用していきたい。
 

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2011年3月 2日

食べたくなる味

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 実家にいる頃、よく食べていた物、いわゆるお袋の味って時々すごく恋しくなる。結婚して16年、母の味を全てそのまま引き継いだわけではない。夫の好みを考慮して娘のことも視野に入れてゆうきなりの味を築いてきた。が、全くそのままのものもある、煮込みうどんがその一つ。ほうとうが食べたいけれど、麺を打つ時間がない。でも、うどんが食べたい。こんな時は市販の茹でうどんの出番だ。
 昨日、ゆうきが住む地方は一日中雨が降っていた。夕方からは気温が下がり始め、冬に逆戻りしたかのような寒さとなった。こんな夜はグツグツ煮込んだうどんに限る。
 ゆうきの母が作るうどんはとっても具沢山。その日家にあるもの何でも入れちゃう。

 調理の手順も母と同じ。だし汁(カツオや昆布などお好みで)に煮えにくい野菜(大根や人参等)を入れ火にかける。野菜に火が通ったところで今度は白菜やきのこ類など火の通りやすい野菜を投入。ひと煮立ちさせたところに油揚げ入れ味噌で味付けする。具沢山の味噌汁が完成したところにうどんを入れグツグツ煮込む。具材を入れる順番にきざみ煮込んでいくと時間短縮になる。
 不思議なことに実家にいる頃、煮込みうどんは食べたいと思うときに出てきた。「今日はうどんがたべたい。」何て一度たりともお願いしたことはないのに。心身ともに疲れて帰ってきた日、夕食のメニューが煮込みうどんだと知った瞬間どんなに嬉しかったことか。熱々のうどんは胃にも心にも沁みた。

 「どうしたらこんなに美味しくなるの?」
母から伝授されたうどんは娘に好評。特別なことはしてないよ。家にあるものを煮込んだだけなんだけどね。熱々のうどんをフーフー言いながらすするちょっと猫舌な娘。この子も親元を巣立った後、お袋の味が恋しくなることがあるのかな。

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