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2012年1月

2012年1月30日

備えあれば

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 一昨日の午前7時半過ぎ、ゆうきはパソコンに向かっていた。彼は、すでに職場に着いて仕事を始めている。娘は、しばらく起きてこない。掃除、洗濯は済ませた。普段となんら変わらぬ土曜日、のんびりブログを更新しようと思っていた。安らげるひと時となるはずだった。リビングに降り注ぐ朝の日差しがあまりに心地よくて、ふぅっ~っとため息を漏らした瞬間にそれは起きた。地面から突き上げてくるような揺れ、続く数秒間の横揺れ。まったりとした雰囲気は一瞬にして凍りついた。東日本大震災の悪夢がよみがえった・・・・・・。
 揺れはその後、何度か繰り返した。寝ぼすけな娘もさすがに飛び起きてきた。母娘2人なすすべがなく、表情をこわばらせたまま、ただただ顔を見合わせていた。

 

 揺れが収まり、気持ちが落ち着いてから、改めて行ったことは食料品の在庫チェックだ。
東日本大震災後、定期的に行っている。
 まずは、鰹節に昆布、干し椎茸、胡麻、ふりかけ、切り干し大根、ヒジキと言った乾物。これらは冷蔵庫がなくとも日持ちするし、価格変動もほとんどない。だからなくなりそうになるとすぐに補充する。現に野菜高騰の際には、ずいぶんと助けられた。砂糖に塩、お酢に醤油、味噌と言った調味料も欠かさないようにする。これらがあれば何とかなる。何とかできる。食材だけでなく、懐中電灯やラジオと言った防災グッズもきちんと機能するか確かめた。頭の中でありとあらゆる場合を想定して、何度も何度もシュミレーションした。

 

 体に感じる余震は、昨日も何度かあった。備えあれば憂いなし・・・・・我が家の防災対策、今一度見直したい。

 
 

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2012年1月28日

登った先には

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  長く続く石段。ゆうき夫婦は折に触れ登っている。季節を感じたくなった時、リフレッシュしたくなった時等々。登る際は上を見ない。なぜならば、その段数の多さに気が遠くなるからだ。自分の足元だけを見つめてただ黙々と足を動かす。途中で息が切れる。それでもやめない。次の日は必ず筋肉痛となる。それでも懲りない。リタイヤしない。何度だってくる。何度だって登る。どうしてかと言うと・・・・・

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 がんばって登り切れば、自身が生まれ育った町を見下ろせるからだ。我が家が見える。母校も見える。娘の通う高校だって見える。大パノラマを眼下に会話が弾む、心も弾む。電車が走る。車が走る。胡麻粒ほどの大きさではではあるが人が動くさまも見て取れる。雪にも負けず、氷にも負けず、寒波にも負けず、町は力強く生きている・・・・・。

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2012年1月25日

また雪・・・

  一昨日の夜は驚いた。夕食の後、キッチンでお弁当の下準備をしていたら、突然、勝手口のガラス戸がピカリと光った。続いて雷鳴。一瞬、何が起こったかわからず固まった。我に返って外を見ると、雪がこれでもかと言うほど、降っている。雪と雷。43年間生きてきた中で初めての経験だ。どこかに落ちやしないか、停電するのではないか、冷や冷やした。

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 一夜が明けたら一面の銀世界。

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 手前の電柱まで白く染まっているのがおわかりいただけるだろうか。

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 雪景色は美しい。とても癒される。
だが、ひとたび足元を見ると、ツルツルのテカテカ、アイスバーンだ。市内の道路のほとんどかこの状態。歩くのも怖いが運転するのはもっと怖い。救急車のサイレンに、いちいちビクリとする。明日どころか、次の瞬間にはわが身だ。気が付くと空の状態を確かめている。そうせずにはいられない。上を見たり下を見たり・・・・・・一日中気が抜けない。富士北麓地域、雪の後の現実だ。

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2012年1月23日

捨てない

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 広辞苑、我が家の本棚において一番場所を取っている。昭和51年発行。小学3年生の時に叔父に買ってもらった。それからずっと、ゆうきと同じ屋根の下にある。嫁ぐ際も引っ越しの際も手放さなかった。どうしても捨てる気になれないのだ。

 

 初めて、この広辞苑を手にした時、その文字数の多さ(辞書なんだから当たり前)に苦笑いした。口では礼を述べつつ厄介なものを買ってくれたものだというのが本音だ。適当に使っているふりをして、あとは本棚に放置しておけばいいやと思っていた。だが、叔父がそれを許さなかった。来る日も来る日も、ゆうきに辞書の引き方を指導した。
 大人になって思う。人に何かを教えることは容易いことではないと。身内であればなおのことじれったかったり相手のペースが読めなかったり・・・・・・。叔父は諦めなかった。怒鳴ったり怒ったりもしなかった。物覚えがよろしくない姪っ子を、なだめすかして、辞書に向かわせた。最初はやる気のなかったゆうきも、叔父の熱心さ完敗した。出来るようになるかもと思うようになった。結果、ゆうきは辞書が引けるようになった。辞書を引けるようになったことをきっかけに読書好きになった。折に触れ、自分の思いを綴るようにもなった。ブログ 「勇気を出して」のルーツをたどると、最終的に、あの頃の叔父の指導に行きつく。

 

 叔父は2年前に病に倒れ、この世を去った・・・・・。以来、この広辞苑が叔父そのものに思えて仕方ない。捨てない。この意志ある限り絶対に。そう決めている。

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2012年1月21日

それぞれの味で

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 「ママが煮たやつもうまいけれど、おばあちゃんのもうまいら?」
煮物を美味しそうに頬張る孫娘に母が話しかけた。
「何も実家の味をまねることはない。その家庭、その家庭の味でいいんだよ。」
母はなおも続けた。「なかなかお母ちゃんのようにはいかない。」と嘆く娘を気遣っての言葉だったのだろう。ゆうきはゆうきでいいんだ・・・・・。母の思いに胸が熱くなった。

 

 色んな味との出会い、人々との関わり、様々な経験を通して、その家ならではの味が築き上げられていく。家庭料理とはそういうものなのかな。

 おばあちゃんの煮物がよほど口に合ったのだろう。娘は空揚げやフライドチキンと言った若者向けメニューには見向きせず、ただひたすら煮物ばかりをパクついていた。今は食べる専門の少女も、きっといつかは誰かのために料理をする時が来るのだろう。そうしてまた新たなる味が生まれる。

 ゆうきは煮込み系の一品を作る際は、前の晩から煮込む。外は雪。今日の晩御飯は、根野菜と手羽先の煮込みだ。

 

 

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2012年1月18日

雪の日は

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 一昨日の夜9時ごろから降り始めた雪は、日付が変わってもやまなかった。午前0時の時点ですでに積雪3㎝ほど。
 雪の日は大変だ。我が家には車で遠距離通勤をしている夫がいる。いつもより1時間も早く起きて、ニュースの道路状況に耳を傾けつつ、2人分のお弁当を用意し、彼に朝ごはんを提供し、送り出す。彼が職場に着くまでは落ち着かない。スリップ事故を起こさないか、途中に通行止めになっている個所はないか・・・・・・。家事をこなしつつ、ソワソワする。無事に着いたとコールがあるとヘナヘナとなってしまう。彼の次は娘の番だ。彼女の通学路(徒歩通学)には側溝がある。細い道にもかかわらず、やたらと飛ばす車がある。歩道はツルツルだ。彼同様、早めに家を出なければならない。

 雪が降ったからと言って家に籠っていられればいいのだが、そうはいかない。こんな日に限って出かけなければならない用事がある。掃除と洗濯を済ませたならば、今度は自分の車の雪を払い落とし、周りの雪をかいて車が出せるようにする。早め早めの行動。けれども外を歩く時&運転は慎重に。雪を喜べなくなったのはいつのころからだろう・・・・・。一通りの業務をこなし終えると、ぐったりする・・・・・。

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 余談だが、今朝の富士山。雪を心から嫌いになれない理由がここにある。

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2012年1月16日

冷た~い

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 昨日、用事があって実家に行ってきた。ゆうき都合で朝の早い時間だったから、両親はまだ起きたばっかりだった。早々に用事を済ませ、少し世間話をして、自宅に戻ろうとしたら、父が
 「ジュクシ、もってけや。」
と柿を3つ手渡してくれた。自家栽培の柿。木が自宅の裏にあるから、まだ実があおいうちからずっと見守り続けてきた。秋に収穫して、今ではすっかり熟して渋みが抜けている。父の好物だ。お茶も飲まずに慌ただしく帰っていく娘を、少しでももてなしたかったのだろう。

 実は、夫と娘は熟して柔らかくなった柿が苦手。ゆうきもあまり・・・・。にもかかわらず、どうしてもらってきたかと言うと、少し前にネットで柿シャーベットのことを知ったからだ。とても美味しそに見えて、機会があったら作りたいと思っていた。渡りに船とはこのことだ。
手間はかからない。柿を冷凍庫で凍らせるだけ。

 お手製の柿シャーベットはお風呂上がりの渇いた喉に沁みた。冷たくて甘くて、素朴な風味があった。果肉100%なのだから当たり前だ。彼や娘も嬉しそうに食べていた。

 両親の心遣い、美味しく頂くことができてよかった・・・・・。
 

 

 
 

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2012年1月14日

継続は力なり

 ゆうきの父は、もう50年以上も日記をつけ続けている。晴れの日も雨の日も風の日も雪の日も。日記をつけるのに天気は関係ない。だが、50年という月日の間には、体の具合が悪い日があった。不幸が重なったこともあった。一家を養うために仕事を掛け持ちしていた時期だってあった。ゆうきが知らない苦労だってあったはずだ。それでも父は貫く。たとえ数行でも何かしら綴ってきた。。これってなかなかできることじゃないと思う。小学生の頃、整理ダンスを見せてもらったことがある。引き出しいっぱいに日記帳が詰まっていた。その冊数よりも持続力に驚いた。子供心に父を尊敬した。父の思考能力は70を超えた今も若い頃と変わらない。

 「継続は力なり。」 父の背中が語っている。
 

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2012年1月11日

やっぱり、これ

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 みなさんは、クリスマスやお正月などでごちそうが続いた後、食べたくなるものは何ですか?

 ゆうきの場合は白いご飯と漬物だ。夫は・・・・・彼にこの手の質問をしたことはないが、彼は、何かしらの事情で家で食事が摂れない日が続くと、野菜系の惣菜を欲しがる。娘の場合は具だくさんの味噌汁だ。三者三様のようでいて、普段食べなれたものと言う点では共通している。

 

 ごちそうは嬉しいし、外食は楽しい。その時、その場所でしか味わえない味を美味しく頂くよう心がけているし、娘もそのように躾けてきたつもりだ。が、何日か続くと、やはり普段食べなれたものが恋しくなる。味覚にもまた帰る場所があるのかな。

 
 

 昨日の、ゆうきの昼食は、実家でもらった漬物と白いご飯だった。食べなれた味・・・胃袋がホッとしているのを実感できた・・・・・。

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2012年1月 9日

夕焼け・・・・

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 物心ついてからこれまで、いくつの夕日を数えただろう。
 
うれしい時、哀しい時、一人の時、誰かと一緒の時・・・・・状況は多々あれど、その時々に癒されてきた。

 3日前、某ショッピングモール屋上(夫の実家近くの)から見た夕日はとにかく美しかった。
 
あまりに美しいから言葉を失った。思いはあふれている。けれども言葉にはできない。そんな自身がもどかしくて、ただただ立ち尽くした。夫が、ゆうきの手からデジカメをそっと取り夕日を撮影した。娘がゆうきの顔を覗き込み微笑んだ。2人の姿かたちが夕日の色に染まった・・・・・。3人でいられることの幸せ、しっかりと噛みしめた。

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2012年1月 6日

念願かなって・・・・・

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 餅入り巾着なるものが世に誕生したのはいつのことだろう。ゆうきが初めて目にしたのは、確かテレビでだった。女優だかリポーターが、熱々をハフハフ言いながら食べる様子を見て、「なんて美味しそうなのかしら。」って思った。ゆうきも食べたいって思った。油揚げとお餅、どちらも贅沢な品ではない。ゆうきは母に懇願した。
「ねぇ、うちもおでんに餅入り巾着入れて~。」
「餅入り巾着?何それ?」
「あのね、油揚げの中にお餅が入っていてね・・・・・」
「汁が粘っちゃうからダメ!」
速攻で却下された。ゆうきががっくりしたのは、言うまでもない。

 その後、コンビニ等で見かけるようにはなったが、そういう時に限って、お腹がいっぱいだったり時間的に余裕がなかったりで、なかなか食べる機会に恵まれなかった。食べられないとなると余計に食べたくなる。思いは募るばかり。手が届きそうで届かないところが悔しい・・・・・。l
 
 
 

 よほど、縁がなかったのだろう。妻となり母となっても食べることはなかった。一度も食べぬまま、いつの間にやら気持ちが下火になった。
 


 先日、某サイトで美味しそうに煮えている餅入り巾着を見かけた。ゆうきの執着に再び火が付いた。我が家には油揚げが常備してある。お正月だからお餅もある。「そうだ!餅入り巾着を作ろう!」
特に準備はしなかった。たまたまあった煮物の残り汁を再利用した。

 餅入り巾着を知った日からどのくらいの月日が流れただろう。少なくとも20年は経っている。長年の夢だった餅入り巾着は、ゆうきの期待通りとても美味しかった・・・・・。食べたいならば自分で作ればよかったのに・・・・・今更ながら思う。
 
 

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2012年1月 4日

お正月の締めくくりは

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 実家にいたころ、叔父一家(父方)がお年始に来ると、ふるまわれる料理は、決まってすき焼きもしくは寄せ鍋だった。伊達巻や栗きんとん、なますと言ったお節料理を好まないゆうきは、お年玉よりもむしろ、こちらの方が、楽しみで楽しみで仕方なく、叔父一家が訪れる日を指折り数えて待ちわびていた。

 

 当時は、今のように鍋物用のタレなどと言うものはなく、すべては母の勘だけが頼りだった。母は顆粒出しなんて使わない。父の晩酌用のお酒とみりん、お砂糖とお醤油を駆使してうまく味付けする。母はすごい・・・・・。すべて目分量であるにもかかわらず、一度も失敗したことがないのだから。母の作る鍋料理は、とにかく評判がよく、みんながみんな競い合うようにして食べていた。どこの料理屋にも負けていない、うちのが一番だ・・・・・本気で思った。

 

 主婦となって17年。お正月の3日もしくは4日は鍋物の日と勝手に決めている。今年はすき焼き風(すき焼きではなく”風”というところがミソ)の鍋物にした。ゆうきもタレは使わない。顆粒出しも使わない。お酒とみりん、お砂糖とお醤油で味付けする。近年、失敗が少なくなってきたと思う・・・・・。が、母と比べるとまだまだ。勘が鈍い。我が家には我が家の味覚がある。そこが難しいところだ。頑張りたい。夫や娘に”うちのが一番”思ってもらえるように。
 

 
 

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2012年1月 2日

明けましておめでとうございます。

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 新年、明けましておめでとうございます。
と、この1文を打っただけで感極まっている。家族そろって無事に新年を迎えられたことが例年以上に喜ばしい。

 
 
 上の写真はごった汁ではなく我が家のお雑煮。お醤油仕立て。具材は大根と人参、油揚げに鶏肉。お出汁は鰹節と干し椎茸(そのまま具材として使う。)でとる。お餅は焼いてから入れる。彩りとしてほうれん草を添える。少しでも栄養バランスが整ったものをと、あれこれと欲張った結果、主役であるはずのお餅が隠れてしまった・・・・・。これは、毎年のことだ。

 みなさんのご家庭のお雑煮はどんな風ですか?
 

 ゆうきこだわりのお雑煮を二人はとても美味しそうに食べていた。豪華なお料理は何もないけれど、穏やかで温かな新年の幕開けだった。
 
 

 

 彼と出会って、娘が生まれて今のゆうきがある。家族の大切さ改めにて認識している。

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