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2015年1月17日

20年前の今日

 20年前の今日、ゆうきは寝坊した。
彼の仕事はお休みで、出かけなければいけない用事はなくて、ならば目が覚めるまで寝ていようと前の晩から決めていた。
起きたのは、午前8時前だろうか。起きてすぐにテレビをつけた。情報番組でも見ようと思っていた。だが、寝ぼけ眼に飛び込んできたのは、美人なアナウンサーではなく、どこかの綺麗な景色でもなく、崩壊した高速道路だった。「なにこれ?」夢を見ているのかと思った。訳が分からずチャンネルを変えた。何度も何度も。どこの局も、信じがたい映像を映し出していた。地震があったのだ・・・・・状況を呑み込むのに、かなりの時間を要した。地震があったのは5時46分・・・・・当時住んでいた地域に体に感じる揺れはなく、だからのんきに寝ていられたのだろう・・・・・数時間もの間何にも知らずにいたことに、罪悪感を覚えた。

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 あれから20年が経った・・・・・・。
様々な思いが胸中を駆け巡る・・・・・。

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コメント

もう20年なのか、まだ20年か・・・

東日本大震災からもうすぐで4年

昨年あたりから火山が噴火していたり自然現象はどうにもなりませんがやはり怖いですね

普段から連絡方法や保存食などしっかりしておかないといけないと思いました

投稿: ちさと | 2015年1月17日 11時27分

20年前、大阪でしたが
凄い揺れでで飛び起きました。

あの時の揺れは生涯忘れることはありません。

防災用品の見直しをして補充もしました。

投稿: patapataokan | 2015年1月17日 18時32分

ちさとさま

 もう20年なのか、まだ20年なのか・・・・・
きっと人それぞれなんでしょうね。

 自然の驚異に人はなす術がありません。

 いざと言う時の連絡方法を話し合っておく、防災用品の見直し・・・・・・やっておくべきこと山積みですね。

投稿: ゆうき | 2015年1月18日 14時13分

okanさま

 阪神淡路大震災、okanさんのところは、かなり揺れましたものね。
記憶が鮮明なのは、当然だと思います。

 私も東日本大震災で味わった恐怖は生涯忘れません。

 防災用品の見直し、しっかりしておかなきゃ・・・・・・。我が家の分と赴任先にいる主人と分と・・・・・・。

投稿: ゆうき | 2015年1月18日 14時18分

もう20年という気持ち・・・でも復興は未だ未だ進まない20年
あの日揺れで眼が覚めた。不安な気持ちでTVを見ていた。子供たちの家庭教師が宝塚に居た、義兄が大阪、実姉が兵庫・・・・心配で、TELが繋がるまでの時間の長いこと
もう二度と繰り返すことが無いようにこの日には祈るばかり
これから未だ未曾有の災害があるかもしれない、用意だけは怠らずにしていたいね

投稿: ねんね | 2015年1月18日 17時42分

ねんねさま

 あの日は、ほぼ一日中テレビの前にいました。
画面に映る惨状を、ただただ見つめるばかり
自身の無力さを実感しました。
長い長い一日でした。

 いつ起こるかわからない未曽有の災害・・・・・。いざと言う時どう行動するか、同連絡を取り合うか、主人や娘と話し合っておかなきゃ・・・・・・。あと防災用品のチェックも・・・・・・。

投稿: ゆうき | 2015年1月18日 23時32分

たしか震災の翌日が息子の中学受験でした。
こちらもすごく揺れましたよ。
もう20年経つんだね。
人は弱いようで強いですよね。ちゃんと立ち直って活気が戻って来るんだからね。

投稿: YUKI | 2015年1月19日 07時05分

YUKIさま

 震災の翌日に受験ってすごく大変でしたね。
いまさらですが、母親業、お疲れ様でした。

 あれから20年が経つんですね。
様々な思いが去来します。
震災から得た教訓、無駄にしません。

投稿: ゆうき | 2015年1月19日 07時40分

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